敵中横断二九六千光年1 セントエルモの灯
傍観
管制室のスクリーンに、古代の〈ゼロ〉を捉えた映像が映し出されている。真正面から見る〈ゼロ〉は、やはりカニかエビか何かの甲殻類が脚を広げているかのようだ。
その身をグラグラと揺らしながら、カメラの方向――つまり、〈ヤマト〉に向かってくる。本来ならば水を噴射することで前に進む生き物が、それができずにヨタヨタと脚を動かしてるようだった。
「がんばれ、もう少し、もう少しだ!」
着艦作業のオペレーターが言っている。その声は通信を切ったままの古代に届いてないはずだが、それでも彼は言い続けずにいられないようだった。その横で艦橋との連絡員が、
「こちら管制室! 船の速度を落とせないのか! ちょっとでいい!」
それに対して、艦橋から島の声が、
「無理だ! これ以上はこっちが下に落ちちまう!」
〈ヤマト〉は今タイタンの大気上層ギリギリにいる――言わば水面スレスレを飛ぶグライダーか人力飛行機のようなものなのだ。少しでも高度を落として濃い大気に触れたなら、つんのめるように速度を落として下に潜っていくだろう。今の島は失速寸前の船を操っているのだった。この状態もあと何分ももちはしない。
そして何より、〈ゼロ〉の燃料が尽きるまで果たして一分あるかどうか――それまでに古代が着艦できるかどうか、その瀬戸際と言うわけだった。
森はこの管制室にクルーが集まっているのを感じ取っていた。誰もが成り行きを見守っている。決して〈ゼロ〉がコスモナイトを運んでいるからと言うだけではない。あのなんとも得体の知れない古代進という人間が、この〈ヤマト〉に士官として乗り組む資格のある者なのか。それも、沖縄の千人と、本来隊長になるはずだったエースパイロットと引き換えにしても――それを見届けに来ているのだ。誰もがそういう顔をしていた。
加藤と山本。その後ろにも、タイガー隊のパイロット達が集まっている。全員がモニタースクリーンの中の〈ゼロ〉を見つめている。声援を送るべきなのか、いっそ墜ちればいいと思うべきなのか、計りかねている表情で。
一対十五で逃げ切って、どうやらもう満足に飛ぶこともできないらしいその機体で、今〈ヤマト〉に荷を持って必死に帰り着こうとしているこの古代進という男はなんなのだ――皆がそう考えている。皆、自分と同じように――森は思った。古代進。こいつ、一体なんなのよ、と。
ただのがんもどきじゃなかったの? 島と新見に聞かされた言葉の意味がようやくわかりかけてきた気がした。死なすのは惜しいとされた人間――それはただ、『腕がいい』と言うだけの意味かと思っていたが……。
違うのか? 古代にはそれ以上のものがあると言うのか? 艦長はそれを見抜いたから古代を航空隊長にした?
そんなことがあるだろうか? 人を見る眼のある者には、古代という男が持つ何かが見える? だからこれまで生かされてきた?
森は横にいる山本を見た。一心にモニターを見つめている。もう三週も訓練に付き合っているのだから、古代から何かを感じ取っていると言うのか。だから信じているのだろうか。古代ならば鉱石を持って必ず船にたどり着くと。
しかし〈ゼロ〉の燃料はもう残ってないらしい。そして機体はコントロールができぬ状態にあるらしい。着艦アームに食いつこうとエビ型の戦闘機がもがいている。その映像がモニターに映る。エンジンの噴射は途切れ途切れ、機の動きはグラグラだ。
今や〈タイガー〉のパイロット達全員が、拳を握ってそのようすを見守っていた。彼らは皆、今日まで古代を無視していたと聞いていたが――しかし今は、口に出して言う者がいる。右だ、もう少し右、などと――行き過ぎだ、左だ、そうだ、そのまま突っ込め!
「捕まえた!」着艦作業員が叫んだ。「やった! フック接合!」
おお、というどよめきが起きた。着陸脚を降ろした〈ゼロ〉が、離着艦台にそのエビの頭のような機首を突っ込ませるようにして接地する。
バタバタ跳ねつき落っこちそうになりながらもなんとか踏みとどまった。同時にそのエンジンが、最後っ屁とでもいう感じの音を一発鳴らせて止まる。
「やった……」
誰かがつぶやく。呆然とした声だった。
だがその声だけだった。〈ゼロ〉が着艦を果たしたと言っても、歓声を上げる者はひとりもいない。いま見たものが信じられない、どう受け止めていいのかまだわからない、そんな眼をして誰もが顔を見合わせていた。特に〈タイガー〉のパイロット達が、戸惑いを隠せないようすだった。
当然だろう。なんと言ってもこれをやってのけたのが、彼らがまだ隊長と認めていないあの古代進なのだ。
そしてエースの集まりであるこの者達が、すぐに古代を見直すとも思えぬが――森は、自分はどうなのだろうと思った。古代という男を認め始めている? いや、まさか。やはりこれ一度のことで――。
「〈アルファー・ワン〉、着艦完了! これより収容に移ります!」
着艦作業員が叫んだ。すぐ艦橋から『了解』の返事が返ってくる。
さらに沖田の声がした。
『艦長より全乗組員へ! これより全速で敵を躱し、タイタンの重力を逃れ次第ただちにワープでこの宙域を脱出する! 総員配置にて備えよ!』
作品名:敵中横断二九六千光年1 セントエルモの灯 作家名:島田信之