敵中横断二九六千光年1 セントエルモの灯
生還して
翼をたたんだ〈ゼロ〉が格納庫に入ってくる。タイタンの大気の中を抜けてきた機体は全体が煤(すす)けていたが、一見するところでは大きな損傷はなさそうだった。左の翼に大きな貨物ポッドを吊り下げ、その重みで少しそちらに傾いている。
狭い庫内にクルーが大勢集まっていた。着艦作業員に救護要員。整備員に万一の際の消防員……それにもちろん、森・斎藤・山本以下のコスモナイト採掘チーム。さらに加藤とタイガー隊のパイロット達。
そして真田も、新見を連れて格納庫にやって来ていた。何より〈ゼロ〉のコンピュータとアナライザーが持つデータを回収する目的で。
彼らはすでに斎藤から、『ガミラス兵を見た』との報告を受けていた。やつらが酸素を吸うらしいということも……ひょっとしたら古代も何か記録を持ち帰っているかもしれない。そう考えてふたりで降りてきたのだ。
「十五対一だぜ。信じられねえ……」
誰かがつぶやいた。全員がエビの頭のような〈ゼロ〉の機首の上にあるコクピットのキャノピーを見上げる。中の古代は席にベルトで固定され、ヘルメットの頭をガックリうつむけさせて動かない。
「生きてるのか?」
とまた誰かが言った。実際、普通の人間ならば、死んでいても不思議はなかった。高いGと無重力の連続でまともに血を送れずにいた心臓が、急に重力が普通に戻ったのにビックリして止まるとか、あるいは脳に大量の血が一気に流れ、頭蓋骨の中が麻婆豆腐になってしまうとか――。
軍人として宇宙艦艇に乗る者ならば、誰でも耐G訓練は受ける。その苦しみと危険を知ってる。古代が今くぐり抜けてきたものが、通常の訓練レベルをはるかに超えた世界であるのは、誰もが理解することだった。
救護員が機体に手をかけよじ登ろうとしたときだった。〈ゼロ〉のキャノピーが開き、古代が中で頭を上げた。
「あー……」ヘルメットを脱いで言って、それから、「腹減ったな……」
見守っていた全員が、ムッとした顔になった。
古代は気づいてないらしい。ボンヤリした顔でしばらく庫の天井を見上げていたが、ふと視線を横に向け救護員を間近に見た。「わっ」と驚きの声を上げ、それから庫内に人がヒシめいているのに始めて気づいた顔になった。「わわわ」と言ってキョロキョロ見まわす。
「な、な、何。何がどうしたの」
救護員が言う。「大丈夫ですか」
「何が? おれ? ダダダ大丈夫ですよ」
「ならいいですが……出られますか?」
「出れますかって……ここから? 出れる。出れますよ、もちろん……あれ? あれあれ? なんだこれ。おかしいな。出らんない。何がどうしちゃったんだ」
「たぶんベルトが締まったままなんだと思いますが」
「ははは」笑った。「わかってる。わかってるって……ベルトがね。この金具を外せばね。ちゃんと出られるんだから……ええと、ちょっと待っててね」
「ホントに大丈夫なんですか?」
「だいじょぶだって。ただ、ちょいと、こいつが、この……おっ、解けた。解けたぞ! ホラ。ちゃんと、外せましたよ。後はこっから出りゃあいいんで……」
「ちょ、ちょっと。あまり無茶はしない方が……」
下ではみんなハラハラ顔になっている。古代はゴムの人形がぺったんぺったん動くような手取り足取りでコクピットから這い出してきたが、
「わわわわわーっ!」
と叫んで機から転がり落ちた。救護員が総出でその身を受け止めて、人間の潰れた山が出来上がる。
「医務室に連れていけ!」
ストレッチャーに載せられて、古代は庫から運ばれていった。
残る者らはアッケにとられてそれを見送る。そこへまた、〈ゼロ〉の中から「フウ、ヤレヤレ」と声が聞こえた。
アナライザーだ。みっつに分かれて漂い出てくる。しかしそのフワフワ加減も、普段よりヨロヨロだ。
「ワタシモ目ガ回リマシタ。点検ガ必要デス……」
「アナライザー!」森が駆け寄った。「ありがとう。命の恩人ね」
「イヤア、何。当然ノ事ヲシタマデデス」
言いながら森の体に触る。森がニコニコしていると、手はだんだんズレていってそのお尻を撫で始めた。
「どこ触ってんのよ!」
森はロボットの手を叩いた。
「当然ノ事ヲシタマデ……」
場の者達がそれで笑った。森も拳を上げたものの、「もう!」と顔をふくれさせつつ手を下ろした。
「とにかく、これでコスモナイトも確保できた」
真田が言うと、斎藤が「ええ」と言って頷いた。
「ふたりの犠牲と引き換えにした石です。無駄にはできません」
「そうだな」
と言った。採掘員が数人がかりで早速ポッドの取り外し作業に入る。その全員が複雑な思いでいるのが動きや顔の表情から見て取れた。
それはそうだろうな、と真田は思った。仲間ふたりの命と取り替えにした鉱石だ。古代が無事に届けたのはいいとしても、単純に喜べるものではあるまい。
ふたりが死んだ――それは決して、数字だけの問題ではないはずだった。生き残った者は皆、錯綜する想いにとらわれている。アナライザーが場をなごませていなければ、オイオイと泣き出していても不思議はない。
〈運が良かった。まかり間違えば死んでいたのは自分かもしれない〉――そんな考えも一方にはあるだろう。〈自分は死なずに生きて帰って来れた〉との思いは、しかし、〈仲間を死なせておめおめと自分は帰ってきてしまった〉との思いにすり替わる。自室に戻れば、『すまない、次はオレも行くぞ』と写真に向かって語るようになるかもしれない。この〈ヤマト〉は間違いなくそういう船なのだから。オレは死んでも構わない。船が任務を果たして地球に戻れるのなら、と――。
真田はまた、貨物ポッドに眼を向けた。今日の任務を最終的に果たしたのは古代だった。やれがんもどき、疫病神と避けられて、艦内の異端児だった古代進。このことは今後どんな意味を持つ? 森などは特に古代を毛嫌いしていたはずなのに、医務室に運ばれてくのを心配げに見送っていたが。
とは言っても、これでクルーの古代に対する見方が一変するとも思えない。ヘタをすると艦そのものが敵に殺られかねなかった。やっぱりあいつは疫病神だということにさえなりかねない気もするが――。
「なあ」
と加藤がアナライザーに言うのが聞こえた。
「そのポッドだけど、なんでそんな片側にだけ吊るしてるんだ? 向こう側のは落としたのか」
おや、と真田は考えて、すぐ『そうか』と思い直した。加藤はポッドが一本だけになったなんて事情は知らない。
それにまた、加藤の疑問がもっともだと言うのもわかった。どうしてこんなバランスの悪い積み方をしている?
「イヤア、モトモト一本デスヨ。ツイウッカリソコニ吊ルシチャッタンデ……」
「『ついうっかり』って、こんなんじゃまともに飛ばないだろう」
「マッタク、ヒドイ乗リ心地デシタ。オカゲデワタシ乗リ物酔イデス」
「って、こんな機で敵を振り切ったのか?」
「ソウデスガ、何カ?」
とそのとき、貨物ポッドが重たげな音を立てて取り外された。その反動で傾いでいた〈ゼロ〉の機体が大きく揺れる。
場の全員がそれを見た。事の異様さにあらためて気づかされた顔になる。
作品名:敵中横断二九六千光年1 セントエルモの灯 作家名:島田信之