敵中横断二九六千光年1 セントエルモの灯
「嘘だろ……」タイガー隊のひとりが言った。「こんなんじゃ、機の性能は半分以下に落ちるはずだ……」
またひとりが、「なんでそれで、十五も相手に逃げ切れるんだよ……」
真田の横で、新見も目を見張っていた。こんな機体がまともに飛ぶはずがないのは誰でもひとめ見てわかる。なのに古代はこの〈ゼロ〉で、十五の敵に追われながらに生還を果たした?
信じられん、と真田も思った。戦闘機の性能はガミラスより地球の方が上であるとも言われている。ましてや〈ゼロ〉は最新鋭機。主に対艦攻撃用で、敵戦闘機とは格闘などするよりも振り切ってサッサと逃げるように造られた機体だ。
全速力で上昇すれば、敵がどれだけいようともついて来させず〈ヤマト〉にたどり着けたはずだった。だから沖田はあのとき古代に荷物を捨てろと命令したのだ。
古代はそれに応えることはなかったが――あのとき、実はこれほどのハンデを抱えていたと言うのか。
貨物ポッドを吊った場所が胴体下の真ん中ならともかくだ。たとえ陸上選手であろうと、重い荷物を片手だけに持ったなら満足には走れない。わかりきった話だった。どうしてこの状態で、十五相手に渡り合えた?
「ひでえもんだ。ここなんかベコボコになっちまってるな」
整備員が荷を降ろした後の翼を調べながら言った。外板にあちこち歪みが出ているらしい。
「こりゃあ、中の骨はガタガタ……翼は全部取っ替えなけりゃいけないでしょうね」
加藤が言う。「機体構造の限界を超えて振り回したのか」
「そうですね。こいつはきっと、空中分解寸前だったはずですよ。よくたどり着けたもんだ」
「翼がそんな具合なら、舵もバカになっていたはずだな」
「ええ」
と整備員。また〈タイガー〉のパイロット達が顔を見合わせた。
「そんな機で着艦したって言うのか……」「一体どんな腕なんだよ?」「体力だって限界超えていたはずだろ?」
口々に言う。トップガンパイロットの彼らでさえもまさかと呼ぶのは、一対十五で逃げ切ったことだけではないようだった。舵の利かない機を操って着艦する――その状況のあり得なさを、彼らはその身でよく知っているのだ。
宇宙戦闘機は船に近づき着艦アームに取り付けば、後はクレーンが機体を中に引っ張り込んでくれるようになっている。しかしそのドッキングが、針の穴に糸を通すようなものなのだ。小型の練習機でさえそれは難しいのに、〈ゼロ〉など普通の人間にはとても遂げられるものではない。
なのに古代は、今日それを、この状況でやったと言うのか――片側だけに荷を吊るしたアンバランスな状態で、舵の利かないガタガタの機体を操り、十五機相手に逃げた後の疲労困憊でいた体で――。
タイガー隊員らの驚きは、他の者達に伝わっていった。森も新見も、愕然とさせられたように開いたままのキャノピーを見ている。古代がいたコクピット。
「ほんと信じられねえなあ」
と、整備員があらためて言った。
「タマを一発でも喰らっていたら、こいつはバラバラになってたろうけど、でもどこにも受けてない。あれだけ追い回されたってのに……」
「何?」と加藤。「タマを受けてない?」
「ええ。見てわかりませんか? 煤でだいぶ汚れてるけど、ビーム傷は受けてません。機のどこにも、一発もね」
一瞬、場がシンとした。庫内の空気が急に無くなったみたいだった。全員、呼吸を忘れた顔で目を丸くして、それから声を揃えて叫んだ。
「ええーっ!」
作品名:敵中横断二九六千光年1 セントエルモの灯 作家名:島田信之