敵中横断二九六千光年1 セントエルモの灯
エレベーターのアダムとイブ
エレベーターが運ぶのは、森と古代とアナライザー、それに気まずい沈黙だった。まだときおりアナライザーが、「ヒック」という声を出す。
「ええと……」と古代。「すみません」
「いいえ」
と、森は応える他になかった。古代の酔いを醒まさせて第一艦橋に連れてこい、と――どうしてそんな命令をあたしが受けなきゃならないのか。そう言いたい気持ちもあるが言うに言えない。まったくなんで、こんなことになったんだろう。
「ヒック」
とアナライザー。このロボットがいるせいで、かえって今、この古代という男と自分はふたりだけなのだ、という思いに強く囚(とら)われるように感じる。この〈ヤマト〉という船の中で男と女が一緒になれば、誰でもたびたび頭をかすめずいられない想いだ。もし今〈ヤマト〉が敵の攻撃を受けて沈み、このエレベーターが脱出ポッドの役を果たして自分とこの相手だけが生き延びるなんてことになったとしたらどうだろう。それはすなわち、自分達が最後の地球人類になるということを意味するが、同時にまた、ことによるとアダムとイブ――。
いや、まさか。よりによってこの古代と。これはあくまで、〈ヤマト〉のクルーであるならば誰でもふと考えることに過ぎないのであって、一体何を考えてんのよあたしはハハハまったくねえ。こいつらが出す匂いのせいでちょっと酔っているんじゃないの。
「あの!」
と言った。きつい言い方になってしまった。古代がビクリとしたようすで身構える。こちらのことはまるっきり、怖い女としか見てない顔だ。
「何か?」
「いえ……」
と言った。言うべきこと、古代に対して言わなきゃならないことがあるはずなのに言葉にならない。喉に出かかっているというのに。
とにかく、言いかけたのだから、何か言わなきゃと考えた。「ええと……」
「ヒック」
そこでエレベーターが止まった。扉が開く。
「ええと……」
とまた言った。古代は次の言葉を待つ顔を続けている。
結局、首を振るしかなかった。「なんでもない」と言って先にケージを出る。
艦橋のクルーらが揃ってこちらを振り向いてきた。斎藤と山本の姿もある。真田と何か話しているところだったらしい。
古代は艦橋は初めてのはずだ。逃げ道でも探すようにキョロキョロとする。
森は艦長室に通じるマイクのスイッチを入れた。
「古代一尉を連れてきました」
『ご苦労』
と返事。ゴンドラが天井から降りてくる。
古代は目をパチパチさせてそれを見て、それから指でそれを差し、『?』という顔を森に向けてきた。
森は頷く。古代は次に山本を見て、クルーの顔を見渡して、それから観念したようにやっとゴンドラに乗り込んだ。死刑囚がギロチン台に昇るような感じだった。だがそれだけでは動かない。
古代は困った顔をして、体操でもするみたいにゴンドラの上でジタバタとした。
森は操作ボタンの位置を指で差し示してやった。古代はやっと気づいた顔で、《昇》のボタンを確かめて押した。ゴンドラが動く。
「わっ、わっ、わっ」
古代はまたジタバタしつつ、艦長室に運ばれていった。
「ヒック」
とアナライザー。
第一艦橋内になんとも妙な空気が残った。一同が顔を見合わせる。全員、『あれが今日のヒーローなのか』という表情だ。
徳川が言った。「艦長、あいつになんの話があるんだろうな」
「さあ……」と真田。
相原が言う。「通信を切ったことですかね」
対して新見が、「あのとき、彼は通信で何を言われても受け止められない状態にあったと思われますよ。『命令に背(そむ)く』と言うのと、『聞けぬ状況だった』と言うのは話が違うんじゃありませんか? それを命令違反と言うのは……」
太田が言う。「それでも、事実は変わらないだろ。古代が命令に反したと言う……」
南部が言う。「けど、おかげでコスモナイトも手に入ったんだぜ」
「それに、この情報も」島が言った。メインスクリーンを見上げている。
森は気づいてスクリーンを見た。映っているものに驚く。
「なんですかこれ!」
今さっきタイタンで撮られたものとひと目でわかるオレンジ色の光景だった。ふたりの人物が映っている。古代とわかる黒字に赤のパイロットスーツに向かって、もうひとりが銃らしきものを撃ち放っているところ。
「アナライザーの〈眼〉が記録していたもんだ」斎藤が言った。「おれ達が離れた後で、実はこんなことがあった……」
「これ、ガミラス?」
「顔の部分を拡大します」
と新見が言った。古代を撃つ相手の顔がアップにされ、コマ送りに映し出される。
森は言った。「まるで地球人じゃないの……」
「この映像だけではなんとも言えんがな」真田が言った。「これはやつらに捕まって、脳を改造された地球人だなんてこともないとは限らん」
「けど、サーシャという人は……」
「そう。サーシャは地球人そっくりだった。だからひょっとしてガミラスも、というのは考えないではなかったが……」
新見が言う。「それにどうやらおかしな言葉を話しているようです。これがガミラス語ならやはり……」
「とにかくだ」と島が言う。「古代のおかげで、この映像も手に入った」
「イエ、ワタシノオカゲデス」とアナライザー。「ヒック」
これにはみんな笑ってしまった。森も「そうね」と言って笑うと、アナライザーは尻の辺りに手を伸ばしてくる。森はその手をハネ退けた。
「それに、古代はこんなものを持ち帰った」斎藤が透明な袋を取り上げて見せた。ガミラスの拳銃と思しきものが入っている。「分析すれば何かわかるかもしれん」
「それは……けど、どうやって……」
森は目を見張るだけだった。聞きたいのは、その物から何をどう調べる気なのかと言うことではない。古代が一体どうやってそれを手に入れたかだ。
しかし聞くまでもないことだった。アナライザーが〈視ていた〉という映像で、その顛末(てんまつ)が再生されてる。だから見てればいいだけだった。古代に撃たれ、死んだ途端に青い炎に焼かれて燃える敵の兵士。
「何よこれ……」
「嘘みたいな映像ですね」新見が言った。「古代という人は、もしかすると……」
「何?」
「いえ、だから、これは分析なんかじゃなくて、『ひょっとすると』の話ですけど……」
迷っている調子で言った。全員が彼女を向いた。新見は続けて、
「なんと言うか、古代進という人は、状況判断能力に優れているのじゃないでしょうか」
「じょーきょーはんだんのーりょくう?」
一同みんな、あれがか、という顔になる。今さっきのゴンドラのザマなど思い浮かべたに違いない。
「いえ。普段の、じゃないですよ。生か死かの局面に置かれたときという意味ですが……瞬時に状況を把握して、目の前の敵より0.1秒早く的確な行動が取れるような、緊急の対応力に天才的な資質を持っているのかも……」
太田が言う。「だから武器なしの輸送機でガミラスを墜とし、今日も生きて帰ってきたと言うのか」
「だからあくまで、もしかしたらの話です」
相原が、「艦長はそれを見抜いたから、古代を航空隊長にした?」
作品名:敵中横断二九六千光年1 セントエルモの灯 作家名:島田信之