敵中横断二九六千光年1 セントエルモの灯
「だから、もしかしたらですって。ただ、〈ヤマト〉は決して戦うための船ではないでしょう。イスカンダルへ行くための船です。この〈ヤマト〉の航空隊長に必要なのは……」
「艦長はあいつを見たときに『お前みたいなのが欲しかった』と言った」
と斎藤が言った。森は、そう言えば古代が任命されたのは技術科のラボでだったと聞いたなと思った。斎藤は真田の副官としてそのとき場に居合わせたのか。
「あれはつまり……」
新見が言う。「いえ、ですから、艦長のお考えはわかりませんって」
「艦長と言えば、今日のことは?」と南部。「『コスモナイトを持っているから古代を救ける』と言ったかと思うと、古代に向かって『コスモナイトを捨てろ』と言い出す」
「それはまあ、石以上に古代一尉が必要ということだと思いますが」
「今、上に呼んだのは?」と徳川。「古代になんの話があるんだ」
「だからそれこそ、あたしにはわかりませんけれど」
みんながやいのやいの言う。森はそれには参加しないで、自分のオペレーター席に着いた。留守した間の確認をする。
それから、同じく、会話に加わることをせず離れて立ってる者がいるのに気づいた。山本だ。古代を映しているままのスクリーンをじっと見ている。
古代と言えば、山本こそ、僚機として命を預け合う関係のはずだ。この一件を一体どう受け止めてるのか……。
考えながら山本を見た。表情からは何も読み取ることができない。森は、タイタンに降りるとき山本が言ったことを思い出した。わたしは古代が闘争心に欠けているとは思わない、死中に活を見出すと言うのは――。
スクリーンにいま映っている映像。つまり、こういうことだと言うのか? 自分がこの男を見る眼は間違っていなかった、生死を共にするに値すると、そう考えているのだろうか。
山本が視線を感じたようにこちらを向いた。森は慌ててコクンと頷き、仕事に戻るフリをした。そうしながら、覗くように山本を見る。
今日の一件だけじゃない。この山本は、古代のことをどう考えているんだろう、と思った。山本が女で古代が男。この〈ヤマト〉では、男と女がエレベーターに乗り合わせれば、オレとキミとがアダムとイブ――誰でも必ず考えないでいられない。ましてやこの山本のように、古代のまさに女房役を言いつかった関係なら――。
考えないはずがない。それもおそらく、このわたしがさっき古代に対して感じた程度では済まないかも。古代と自分がアダムとイブ――どころか、自分は古代の肋骨で、地球に帰り着いた後には胸の中に戻らなきゃくらいに思っているのかもしれない。
そう思った。いつの間にか、スクリーンに映るのは、グルグルまわる〈ゼロ〉のコクピット内部の映像に変わっていた。十五の敵に追われる間、アナライザーのカメラアイが古代の後ろで捉えてたものだが、Gでレンズに狂いが出たのかピントはボケて像に歪みも生じている。
宇宙で戦う者として、耐G訓練ならば当然、森も何度も受けている。樽の中に押し込まれ崖を転がり落とされるような体験だ――しかしそれも、古代が今日くぐってきたものに比べれば公園の遊具も同然というのはひと目で知れた。
同じ映像を山本が見ている。その目にこれはどう映っているのだろう。森には想像もつかなかった。
それに――と思う。当の古代は? あの男は、この艦内で女とふたりきりになっても何も感じないのだろうか。
たぶん、そうなんだろうと思った。古代には、自分が人類最後の希望の船に乗っているという自覚はてんでないのだろうから。良くも悪くも、妙な想いに囚われなくて済むわけだ。
それはそれで、癪な気もした。このあたしとエレベーターに乗るときくらい、何か感じるのが礼儀ではないか?
って、何考えてんだろう。自分で自分をバカじゃないかと思いながら、森は艦長室へ昇るゴンドラのレールを振り返ってみた。
今日、古代は艦長の命令に反したと言う。一方で、コスモナイトと敵の情報を持ち帰った。
艦長はその古代にどんな話があると言うのか。
作品名:敵中横断二九六千光年1 セントエルモの灯 作家名:島田信之