敵中横断二九六千光年1 セントエルモの灯
第1章 グーニーバード
その相手に遭遇したとき、古代進は〈がんもどき〉の操縦席でウトウトと舟を漕いでいた。七四式軽輸送機、その通称をがんもどき。宇宙は暗く、眩しく光る太陽と長く伸びる天の河の他、窓に見えるものはない。今いる場所は火星と木星の間だが、どちらの星も遠く離れて点にしか見えず、指で探すのも難しい。アステロイドの石ころはオートパイロットがよけてくれ、後ろの荷台も今はカラというのであれば、トラック輸送パイロットの仕事など寝ること以外に何があるのか。
そこに突然、その宇宙艇は現れた。レーダーが接近警報を鳴らしたときには、〈がんもどき〉のすぐ横をかすめるように飛び抜けていた。波動エンジンのものらしい赤い炎が前へ遠のいていく。だが警報はまだ鳴っている。近づくものがまだあるってことだ。古代はレーダーに目を走らせた。後方から三つの機影。それぞれに不明機を表す《UNKNOWN》の文字。アンノウン? 味方でないなら、敵だ。
ガミラス。
「冗談だろ? こんな――」
何もない宙域に? 古代は呻(うめ)いた。がんもどき乗りになって五年。軍属とは言え、戦闘になど一度も参加したことはない。ずっと宇宙を飛びながら、ガミラスになど一億キロにも近づいたことすらない。だいたいやつらは冥王星から遊星を投げてくるばかりで、自身はあまり〈近海〉に入って来ようともしないはずじゃなかったか? 準惑星の陰に隠れて待ち構え、地球の船が二ヶ月もかけて行ったところを襲うのだろうに。
しかし今、それがまっすぐこちらに突っ込んでくる! 何かするような余裕はなかった。一秒後にはこの〈がんもどき〉は燃える火の玉になっている。それが古代にはわかってしまった。どうか苦しまず死ねますように――もうそれしか考えられない。
が、三機のガミラス機は、猛スピードで〈がんもどき〉を追い抜いてそのまま先に行ってしまった。最初の艇を追うようにして去っていくが、エンジンには小さな炎が見えるだけ。
「なんだ?」
自分が生きていることが、信じられない思いだった。古代は言った。「あれ、ガミラスじゃないのか?」
「今ノ三機ハすてるすカト思ワレマス」
と相棒が言った。真っ赤に塗られた樽みたいなロボット、名はアナライザー。〈がんもどき〉ならどの機にもセットになっているやつだ。つまり、機体と同様に、25年も経ってるポンコツ。「最初ノ船ヲ追ッテイタノジャナイデショウカ」
「追っていたあ? なんでガミラスがガミラスを――」
正面の窓に、遠ざかっていく小さな光がまだ見える。そう言えば動きがちょっと変な気もする。四つの光る点のうちひとつが他と違うので見分けるのは簡単だ。確かにそれが逃げ惑うのを、後の三つが追うような感じ。
だが――と思う。逃げているのはワープ能力を備えた波動エンジン艇だ。後ろに吐き出す炎を見ればそれがわかる。地球の船ではありえない。
地球人のものじゃないなら、ガミラスということじゃないのか? 味方の船をなぜ味方が追いかけるのか――考えていると、そのステルスのうちひとつの光点がかき消えた。同時にレーダーの画面でも、その〈不明機〉の反応が消える。
「ぎゃっ!」叫んだ。「ひとつこっちへ来るぞ!」
まずステルスというものは、レーダーに真正面に対したときに最も〈見えにくく〉なる。だからさっきは近づかれるまでレーダーに映らなかったのだ。それが再び〈見えなく〉なったということは、こちらを見咎め標的と定めたものに他ならない。ガミラスの戦闘機が向かってくるのだ!
「めーでー! めーでー!」アナライザーが叫んだ。「古代サン、脱出シマショウ!」
「黙ってろ! メーデーなんか誰が聞いているもんか!」
古代はコンソールに取り付いた。スロットルを全開にする。しかし老朽輸送機のエンジンは、なかなか吹きを上げようとしない。
「コノ機ニハ武装ガアリマセン!」
「黙ってろと言ってるんだ!」
古代は叫んだ。目は正面を見据えていた。敵は〈見えない〉戦闘機。だが来るのは下っ端だろう。隊長機からあのカモネギを仕留めてこいと命じられ、『チョロいマトです』と応えたのに違いない――そう思った。こちらに武器がないのを知ってやがるから、完全にナメてかかっているかもしれん。ふざけるなと考えた。もしそういうつもりなら、おれが目にモノ見せてやる――真正面から向き合うのならこれはまさにチキンゲーム。ならば先にひるんだ方が敗けになるものと決まってる。
ガミラス機が撃ってきた。曳光性のあるビームが、宇宙の闇を切り裂くのが見える。その銃声を古代は聞いた。空気のない宇宙ではビームの音など聞こえないと訳知り顔で言う者がいる。しかし、もちろん聞こえるものだ。だが慌てるな、落ち着け――自分に言い聞かせた。互いに動くもの同士、そうそう当たるものじゃない。その昔、地球で戦闘飛行機が生まれたときからの空戦の基本だ。銃による撃ち合いなんて、相手の眼の色までがわかるくらいまで近づかなけりゃ――。
見えた。ガミラスの戦闘機。突っ込んでくるその機体の、コクピットのパイロット。そいつと目が合ったと思った瞬間に、古代は機を閃かせた。鉄棒の逆上がり気味に機体を振って、ビームの必殺の火線を逃れる。
そのまま宙を一回転。ガミラス機は背後に飛び抜けていった。
「ワーッ!」アナライザーが浮いて回る。無茶な機動で人工重力が切れたようだ。
「つかまってろ!」
古代は叫んで、操縦桿をひねった。〈がんもどき〉が旋回して向きを変える。
「古代サン、ドウスルンデス!」
「この先に機雷原があるはずだな?」
「アリマス。ケド――」
「そこへ行くぞ!」
「エーッ!」
航路沿いには地球の船を護るため、宇宙機雷が敷設されてる。むろんまんべんなくでなく、数千万キロおきにまとめて置かれるわけだが、現代の宇宙船なら一時間毎に抜ける間隔だ。レーダーマップの片隅に最寄りのエリアが映っていた。このオンボロ〈がんもどき〉でもたどり着けない距離ではない。
いや、たどり着けるだろうか? 着いたところで、そこは――いいや、考えるな。生き延びるのに集中しろ。ガミラス機が旋回して追ってくる。もうステルスも何もあったものではない。レーダーには敵を表す《BANDIT》の文字が丸映りだ。ボロ輸送機のコンピュータも、攻撃を受けたからにはそれをバンデット――〈敵〉であると認識していた。
「めーでー! めーでー! 敵ニ遭遇。追撃ヲ受ケテイル!」
アナライザーがまた叫ぶ。その声は超光速通信によって瞬時に火星に届くはずだが、届いたところでなんになるのか。今、古代がいる位置から、火星は四千万キロ彼方――これは地球と月との間の百倍以上という距離だ。
救けなんか来るわけがない。古代は機をジグザグに飛ばした。相手は追いすがってくる。ビームの曳光。機の動きによって流れて、宇宙に扇模様を描く。一瞬のレーザー・ショーだ。
と、警報が鳴り響く。コンソールに赤いランプがいくつも灯った。
「古代サン、機雷デス!」とアナライザー。つまり機雷の警告なのだ。「コノママ進ムト――」
「わかってる!」
古代は速度を緩めずに、〈がんもどき〉を突っ込ませた。
作品名:敵中横断二九六千光年1 セントエルモの灯 作家名:島田信之