敵中横断二九六千光年1 セントエルモの灯
起動
「補助エンジンで船体を起こす。総員配置に就け!」
〈ヤマト〉艦橋で沖田が叫ぶ。傾いている床と壁がガタガタ震え出していた。艦底後尾の二基のサブエンジンが、唸りを上げて始動のための予備回転を強めているのだ。それだけで船は前へと進もうとし、後ろの土を吹き散らす。船の舷腹を覆っていた赤錆の板が軋みを上げて、ところどころに一枚また一枚と剥がれて下に落ちてゆく。そしてギャンギャンと音高く金属の震える音(ね)を響かせるのだ。揺れる大地に亀裂が広がっていく。沈没船がなおも地中に潜ろうとでもするかのように、土を押しやる舳先が前へのめっていった。
艦橋からも赤い錆とも土くれとも、海の生物の成れの果てともつかないものが落ちてゆく。かろうじて壁にへばりついていた梯子(はしご)やパイプの類が、蔦が剥がれるように曲がりながら離れて落ちる。甲板をなんとか葺いていた木々も、爪楊枝をブチ撒けたようにバラバラと崩れ出していた。
「補助エンジン始動準備よし!」
機関室で徳川機関長が叫ぶ。その声はマイクを通して艦橋の沖田に届けられるとともに、傍目(はため)にはまるで脳波でも測るかのようなメーターのランプの色を変えさせるのだ。
「了解!」沖田は言った。「補助エンジン、始動!」
「補助エンジン始動!」徳川がレバーを引いた。
その時、地面が割れた。艦首を覆っていた鉄屑が爆発するかのような勢いで弾け飛び、内にいた刃物のような鈍色(にびいろ)の巨魁(きょかい)を浮き上がらせた。まさに斧のような錨が、その両側に付いている。
巨大な船が、かつて沈んだ軍艦を繭(まゆ)をかむるようにして地にうずまっていたのだった。いまヒナ鳥がみずからのタマゴの殻を破るように、隠された内(うち)の姿を覗かせてゆく。かさぶたのような廃物が、まだ横に傾(かし)いだままの甲板を雪崩を打って滑っていった。
何よりも、艦橋だ。もともと原型をとどめていたのが不思議なものであるだけに、かなりの部分、実はそれらしく作り上げた張りぼてであったのかもしれない。ビルの建設工事用足場のようなものがガラガラと崩れ、現代の戦闘艦にふさわしく多角形にザク斬りされたフォルムの城をそこに出した。間違いなくそれは22世紀末の地球で最も進んだ宇宙軍艦だけが持つものだった。
あるいは、たとえ載せたくても、波動エンジンを積まない船には決して搭載が許されぬか、他にあまりに多くのものをあきらめねばならないか――それがまだ、モウモウと上がる土煙(つちけむり)と赤錆の板と、それに何より土に埋もれて大部分、姿を見せない宇宙船の上に傾いで突き立っている。船はオモチャのゼンマイ自動車が穴にはまってしまったようにジタバタ暴れもがいている。エンジンが後ろに土を吹き飛ばし、艦橋よりも高く空へ巻き上がらすのだ。
「噴射を止めろ! これでは眼が見えなくなるぞ」沖田は叫んだ。「傾斜復元。船体起こせ!」
「船体起こします!」島が復唱。レバーを握った。
巨体を揺らしつつ、船がゆっくり姿勢を取り戻し出す。ただ背をまっすぐにするだけだが、それは意外に容易いことではなさそうだった。まだ身に多くまといついている残骸が、ガリガリとあちらこちらで船をこする。船とまわりの土との間に出来る隙間に落ち込んで、そこで動きを邪魔するのだ。
「巡航ミサイル、低空飛行に入りました!」森が叫んだ。「レーダーから消えます!」
消えた。22のミサイルが。大気圏突入後、ほぼ半数ずつに分かれてそれぞれ横に広がりつつ、〈ヤマト〉を目指していたものが。スクリーンにもう指標はひとつもない。
だが、見えないだけなのだ。今、〈ヤマト〉は真下に棲む22本の歯を持つサメにガブリと食われようとしている。それらはまだ地平線の下。地球の丸みの陰にあって、直接見ることもできない。あと一分で姿を現し、その十秒後ドカーンだ。
南部が歯を食いしばる。「船が起きなきゃ砲が撃てない――」
いや、もちろん〈ヤマト〉のすべての砲台は、宇宙空間で強い横Gを受けながらでも支障なく動くように造られている。だから船が傾こうが寝ていようが別に発砲できないということはない。だが問題は別にあった。ミサイルを近距離で迎撃しようとするならば、連射砲や対空ビームの類で弾幕を張り、直に狙って当てるしかない。だが〈ヤマト〉の対空砲は、多くが船の真横より上を向くように作られている。艦底部にあるものは今は土の中なのだから、まったく使うことができない。
船が傾いでいる側はいい。しかしその反対側は、この状態で、地表スレスレを来るものを狙うことができないのだ。ほとんど船の設計上の欠陥に等しい話であるが、しかし今更、それを言ってどうなるというものでもなかった。
〈ヤマト〉はガクガクと揺れている。元々このような起こし方は予定にないことだった。メインエンジンがまだ外部の電力供給を受けている。だから今は空に浮かび上がるわけにいかないのだ。
そうでなければ、補助エンジンだけで充分、離昇が可能だというのに――。
「ミサイルが地平線に現れると予想されるまであと十秒!」森が叫んだ。「九、八、七……」
「起きろ!」と島。
「六、五、四……」
「頼む!」と南部。
「三、二……」
そのとき島が叫んだ。「傾斜復元完了!」
「一……」
南部も叫ぶ。「全対空砲! 各個に目標を捕捉!」
「ゼロ」
「てーっ!」
次の瞬間、轟音が響いた。もしこのとき高い空の上にいて、この光景を見ることができれば、そのとき〈ヤマト〉を中心にまるで自転車の車輪スポークのような放射状に広がる光が目に映ったことだろう。あるいは、もし遠い地平から望遠鏡で覗いていれば、連射ビームの照り返しと冷却剤の煙とで〈ヤマト〉の艦橋が妖しくライトアップされたように感じられたかもしれない。そして〈ヤマト〉の内部では、パルスビームの反動とガトリングモーターの回転で壁がビリビリ震えていた。各射撃手の眼にすれば、地平線に光のシャワーをブチ撒けているようなものだった。
壮烈な弾幕に、ガミラスの巡航ミサイルは一基また一基と弾頭を射抜かれ地に墜ちていった。五秒ばかりの斉射の後、〈ヤマト〉に届いたミサイルはついにただの一発もなかった。
静寂が戻る。赤い地平に見えるのは、遠く、東の方角に、屋久島の宮之浦岳(みやのうらだけ)がひとつだけ。
戦艦〈大和〉が沈んだ場所からおよそ二百キロの距離にある二千メートルのその山は、海が干上がったぶんだけ高くその威容をそびやかせている。〈ヤマト〉からは充分にその頂(いただき)を見ることができた。
森が言う。「すぐ第二波が来ます。数は17」
「はっ、何度来たって同じさ」南部が言った。「この〈ヤマト〉の対空防御能力なら――」
「待ってください。今データの解析が出ました!」新見が言った。「次に来るのは――」
メインスクリーンに画(え)が表示。ミサイルはミサイルらしいが、まるでソフトクリームのように先がねじれた形状をしている。
新見は叫んだ。「ドリルミサイル! 沖縄基地を殺ったやつです!」
作品名:敵中横断二九六千光年1 セントエルモの灯 作家名:島田信之