敵中横断二九六千光年1 セントエルモの灯
そうだ、望んだわけじゃない。軍に入ると〈適性有り〉のハンコを押されてパイロットコースに放り込まれた。ガミラスとの開戦から一年というときだった。地球政府は当時、戦闘機パイロットの大幅増員を行っていた。戦闘機乗りはすぐに死ぬ。強烈なGに耐えながら機を操れる人間は育てるのに何年もかかり、大量に養成せねばあっという間に足りなくなると考えられたからだ。つまるところは消耗品。戦闘機と言ったところで、実は対艦攻撃機。対艦ミサイルを腹に抱いて敵の船に突っ込んでいく、カミカゼ同然の鉄砲玉だ。古代と一緒にコースに組まれた者のうち、半分はすぐ脱落した。古代はほぼ最後の最後まで残ったものの、特攻部隊に配属寸前、幸か不幸か選抜に洩れた。結局のところ実戦用の機体を与えられたのは死にたがっているとしか思えないような連中ばかりだった。
それもやはり、準惑星の陰から出ないガミラス艦を叩くには宇宙戦闘機しかないという幕僚達の考えゆえだ。あのころ選ばれていった者は、ひとりも生きてないだろう。
そして自分は、今こうして、〈がんもどき〉を飛ばしている。あの〈タイガー〉のパイロットは、おれをどう見ているのかな。グッと近づいてきたかと思うと、クルリと回ってまた遠ざかる。尾翼に大きく《隼》と漢字一文字のマーキングがあった。
九八式戦〈コスモタイガー〉――あれは対艦攻撃機じゃない。純粋に対戦闘機の格闘性能を追求した艦艇護衛要撃機だ。チカチカとモールス信号を送ってきた。
アナライザーが言う。「方位270」
「あいよ」
一行は、かつて南西諸島海溝と呼ばれた海底の崖であったところの岩壁に沿って飛んでいた。日本の沖縄と台湾の間だ。みかんの皮をいったん剥いて重ね合わせたような地球の地殻。そのひとつのフィリピン海プレートというのが沖縄の下に潜り込もうとし、切り立つ崖を作っている。そこに突っ込むようにして、〈タイガー〉の一機がフッと見えなくなった。
「え?」
と思ったらまた出てきた。いや、出てきたはいいのだが。
「なんだ? 地面から飛び出したように見えたけど」
その〈タイガー〉はクルクルとビルの回転ドアのように機体をロールさせながら古代の後ろにまわり込んだ。翼端をこちらにぶつけんばかりにして追い越していく。モールス信号をチカチカチカ。
「ドウモ崖ニ裂ケ目ガアルヨウデスネ。《そこに入れ》ト言ッテイマス。《自分が今やったようにやってみせろ》ト」
「こんの野郎……」古代は言った。「おーおー、やってやろーじゃねーか」
「古代サン、無茶ハヨシタ方ガ……」
「うるせえ! ナメられて黙ってられるか!」
とにかく、基地の入口が、擬装されて崖にあるということだろう。知らない者が一発で入れるものとも思えないが、やれと言うならやるしかない。
「見てろよ」
と言った。大気圏内飛行用の翼のフラップをいっぱいに下げ、〈がんもどき〉の速度を落す。崖に亀裂があるのが見えた。
「あれだな」
「ワーッ!」
突っ込んだ。左右はゴツゴツした岩だ。古代はその谷間を抜ける。
「ワーッ、ワーッ、古代サーン!」
あった。基地の入口らしき矩形の穴が。その手前に野球場の照明塔のようなものがあり、縦横に灯るランプが並ぶのが見える。基地への侵入角度を示す標識だろう。
が、やはり、ちょっと一度では入れそうにない。古代は上を飛び越した。
さっき〈タイガー〉が出たとおぼしきところからまた空に飛び上がる。フラップを戻し、スロットルを開けた。
「古代サーン、アソコニマタ入ルンデスカア」
「だってしょうがねえだろう」
機をめぐらせて、もう一度崖に向かったときだった。『待て!』といきなり、無線に入ってきた声があった。
「え?」
そしてアナライザーが、「古代サン、上空ニ何カ!」
見えた。何かが降ってくるのを。それは――。
「ミサイル?」
アナライザーがカメラを向けた。望遠で捉える。どうやら、大型のミサイルらしい。まるでソフトクリームのように先がドリル状になっていた。
それが向かうのはさっき古代が入り損ねた基地がある辺りだった。そして、〈ドリルミサイル〉とでも呼ぶべきそれは、まっすぐ地に突き立った。
古代はア然。十数秒のち、巨大な炎がそこに膨れ上がるのが見えた。
作品名:敵中横断二九六千光年1 セントエルモの灯 作家名:島田信之