敵中横断二九六千光年1 セントエルモの灯
計器パネル
「なんとか飛べるようになりましたね」
と山本が言う。古代は「まあな」と頷いた。
「飛ぶだけなら、基本はみんな同じだから……問題はこっから先だ」
シミュレーターの中にいた。前と左右の計器パネルをうんざりした思いで見る。まだ半分も自分のものにしていない。
飛ぶだけなら、基本は同じ。たとえばヒョイと飛び立って、地上にいる戦車か何かを狙い撃つ。そんなことはテレビゲームのシミュレーターで操縦を覚えた小学生にでもできる――Gに耐えることができるならだが。昔の勘が戻ってきて、まあなんとかあぶくを吹かずにこいつを操れるようにはなった。だが――と思う。0.1秒でも速く、1センチでも小さく旋回し、正確にロールを決めて敵と渡り合うなどというのは……。
スキージャンプの選手が1センチでも遠く跳ぼうとするように。フィギュアスケートの選手が華麗な舞を踊るようにだ。速く。速く。それができねば、戦闘では生き残れまい。
今の自分は、その域にはほど遠い。
パネルに並ぶ無数の計器とスイッチを古代は見た。〈ゼロ〉と〈タイガー〉ではレイアウトがまったく違う――当然のことだ。ひとつのミスが命取りになる戦闘で、今から〈ゼロ〉に乗り換えたがるタイガー乗りがいるわけがない。目をつぶってもあらゆる装備を操れるほど〈タイガー〉に慣れたパイロットが、10Gがかかる旋回中にいつものボタンについ手を伸ばして、それが〈ゼロ〉ではてんで別のものだったら? その瞬間にあの世行きだ。
タイガー乗りが〈ゼロ〉に乗るには転換訓練に何ヶ月もかかってしまう。この自分なら、一応は、すぐにも乗れるようになるという理屈はわかる。わかるのだが、乗れるというだけではないか。『飛ばせる』というのと『闘える』というのはまるきり違う。
今のおれはとても闘える状態にない。〈ゼロ〉を扱いきれないというだけじゃない。腕が衰えてしまっているのがはっきりわかる。
「タイガー隊はどんな訓練してるんだ?」
言ってみてから、バカな質問したなと思った。こんな漠然とした質問に応えようがあるわけがない。なのに聞いてしまうのが、自分がまだダメな証拠だ。
しかし、いいんだ忘れてくれと言いかけたときに山本は言った。
「今の時間なら、道場でかるたを取ってるはずです」
「ふうん」意外な言葉だった。「かるたか。昔やらされたな……」
「今もやっていたのではありませんか? 〈七四式〉の中に自作の札がひと組あったと伺いました」
ちぇっ、調べたやつがいるのか、と思った。そう言えば、あの脱出カプセルの〈女〉はどうなったんだろう。
「まあな。アナライザーに詠ませてやってた」計器をいじりながら言う。「ヒマつぶしさ。他にやることもなかったからね」
「いいえ」と山本は言った。「それなら、これもできるはずです」
作品名:敵中横断二九六千光年1 セントエルモの灯 作家名:島田信之