敵中横断二九六千光年1 セントエルモの灯
かるた
「加藤二尉。ちょっといいかな」
と島が近づいて言うと、航空隊中隊長の加藤三郎は怪訝(けげん)な顔をした。
「いいですが、操舵長がなんの用です?」
「かるた取りの予定を見たんだ。できたらおれも入れてくれないかと思って」
「ああ、そうか。操舵長も元は戦闘機候補でしたね。いいですが、そんなヒマがあるんですか?」
「いいや。けど、ワープテストの前に集中を高めておきたいんだ」
「なるほど。そういうことでしたら歓迎します」
ちょうど道場に行くところだったと言った。ついていく。畳敷きの右舷展望室にはすでに、戦闘機パイロットが集まっていた。全員がストレッチの運動をしたり、座禅を組んだりしている。
百人一首のかな文字だけの取り札が大量に用意されていた。これからこの畳の間(ま)で、タイガー乗りのパイロット達が子供のようにかるた取りを行おうとしているのだ。島はそれに参加しようというのである。
面子を見回して言った。「古代はいないんだな」
「ええまあ……操舵長の相手はおれということでよろしいですか」
「悪いな。だいぶやってないから腕は落ちてると思うが」
「いえ、光栄です。そう言えば、今のウチの隊長と同期でおられたとか」
「まあね」
「操舵長は今や〈ヤマト〉のパイロットだ。強かったんでしょう、かるたも。ウチの隊長はどうでしたか」
気になるものの言い方だった。島は身構えながら言った。「強かったよ」
「そうですか」と言った。「かなり強かった?」
「あいつは強かった。誰も敵わなかった」
「そうですか。わかりました」
と加藤は言った。こっちはなんだかよくわからない。加藤は部屋の隅の方へ行ったと思うと、何か手にして戻ってきた。
「実はちょっと変わった札があるんです。これでやってみましょうか」
差し出してきた。島は受け取って確かめてみた。しかし、そのシロモノは――。
「なんだこりゃあ?」
厚紙をカッターナイフか何かで切って、〈下(しも)の句〉を手書きで記した手製の取り札だった。ずいぶんと汚れすり切れている。それはこれでもやってやれないことはないだろうとは思うが、
「古代一尉のものですよ。あの〈がんもどき〉の中にあった」
「なんだと?」
「まあこれなら、輸送機の狭い機内でもひとりでできるでしょうからね。ガミラス三機墜としたってのも、あながちフカシじゃないかもですね」
「そんな……」と言った。一枚一枚、札を確かめてみる。「あいつ、これを続けていたのか」
「操舵長も、やっぱりほんとは戦闘機乗りなんじゃないんですか? 今は目つきが違いますよ」
「どうかな。確かに今だけは、ちょっと戻りたい気もするが」
畳に座り、差し出された札を並べる。島は言った。
「ワープにはタイミングが重要だと言うんでね……」
作品名:敵中横断二九六千光年1 セントエルモの灯 作家名:島田信之