敵中横断二九六千光年1 セントエルモの灯
クレセント・サターン
タイタン。衛星としてはかなり大きなこの星は、土星から120万キロ離れたところをまわっている。土星の〈輪〉の半径が12万キロだから、ちょうどその十倍だ。
この星はその昔から、太陽系のすべての天体の中で最も地球に似た星だと言われてきた。その理由の第一は厚い大気があることだ。それだけならば金星も同じだが、金星は熱い。熱過ぎる。摂氏470度の灼熱地獄なのだから、宇宙時代の今でもほとんど降りてもいけない。タイタンは逆に寒いがまあ防寒さえすれば……と言うので似てると呼ばれてきたのだ。
その大気は地球と同じくほとんどが窒素。これにメタンが混じっていて、オレンジ色のもやを作って星全体を覆っている。そのため地表はよく見えないが、液体メタンの川が流れていることは天文学者は探査機を送って確かめられる前から知っていた。
〈ヤマト〉はその近くにワープ。非番のクルーや手の空いている者達が、展望室の窓に早速群がった。むろんタイタンを見るのではない。この現代に宇宙軍艦乗りをしていても、自分の眼で土星などそうそう見る機会はないのだ。あまり近づくとワープができなくなるためにタイタンの軌道辺りが限度なのが残念だが、それでも10メートルの距離から1メートルの土星の模型を見るのと同じなのだからたいしたものだ。〈ヤマト〉の窓にいま土星は地球からでは決して見れない三日月型となっている。クルー達は喜んでてんでに記念撮影などし始めた。
そうできないのが、赤いコードの服を着た兵装関係のクルー達だ。ただちに砲や魚雷のテストに取り掛かる。
宇宙空間の船対船の戦いは、基本的に〈大艦巨砲主義〉である。ただひたすらに強力で長い射程の砲を持ち、厚い装甲で船を鎧(よろ)っている方が勝つ。宇宙戦艦〈ヤマト〉はこの考えで、ガミラスのどんな船とも――少なくとも、一対一なら――勝てる船を目指して建造されていた。その主砲が設計通りの力を備えており、相手をちゃんと狙い撃てるものなのか、ようやく確かめるときが来たのだ。
大艦巨砲主義――この思想は旧戦艦〈大和〉の時代はまったくナンセンスなものとなっていた。〈大和〉の艦尾にあった二基のカタパルトは、観測機を飛ばすためのものである。『観測機ってなんだ? 何を観測するんだ?』という疑問をお持ちになった方がいるなら説明しよう。撃った砲弾がどこに落ちたか観測するのだ。船から撃たれた46センチ砲弾は、ドーンと飛んで40キロも離れたところに落ちてドカンと炸裂する。しかしそれは地球の丸みの向こうにあって船から見えない。雲があったり霧が出てたりしても見えない。だから飛行機を目標の上にまで飛ばして、『1キロも右にそれたぞーっ、左を狙えーっ』と報告させる。けれども船は絶えず波に揺れているのだ。いつまでやっても当たるわけない。そうこうするうち観測機は敵に撃墜されてしまってハテサテこれからどうしましょう。
お分かりだろう。船に大砲を積むよりも、飛行機隊に爆弾持たせて送り出した方がいいのだ。〈大和〉を造った造船技師達は、出来たその日にご満悦の海軍幕僚らに向かって言った。命令だから造ることは造りましたがこの船はなんの役にも立ちません。砲台なんかとっぱらって空母に改装した方がいいんじゃないですか。
かつてはそう言われてしまった砲台が、今や宇宙の遠く彼方にいる船を、敵より長い射程を以って直接狙えるビーム砲として宇宙戦艦〈ヤマト〉に載せられ、旋回し砲身を持ち上げる。大艦巨砲主義がここに復権したのだった。むろん亜光速のビームも、120万キロ離れた土星に届く頃にはただの光になっているが、10万キロ先の駆逐艦程度の装甲ならば、フグちょうちんに銛(もり)を打ち込むようにひと突きにしてやれるのだ。その威力を試すべく、第一艦橋の南部の指示でついに試射が始まった。
亜光速の太いビームがクレセント・サターン(三日月型の土星)の夜の面めがけて撃ち込まれる。土星までは今〈ヤマト〉がいるポイントから光速キッカリで四秒だが、この試射にはビームの速度がその何割引なのかを正確に知る意味なども含まれていた。
数秒かけて土星の夜に到達したビームがそのガス状の惑星表面に波紋を浮かばす。それは一種の花火を見るような光景だった。
そして艦尾カタパルト。今そこに進み出ようとしているのは、ひ弱な複葉の水上観測機などではない。最新鋭戦闘攻撃機〈コスモゼロ〉――ただし今は、まるで水上飛行機のフロートのように、両の翼の下に大きなソーセージを抱え込んでいる。
「ロールについてはいくらやっても大丈夫だと思いますが、ピッチは気をつけてください。貨物ポッドが一杯のときに急に機首を上げ下げするとでんぐり返ると思いますよ」
「うんわかった、やんないよ」
「こいつを吊るから、ミサイルや何かはナシです。ビームガンにはエネルギー入れてますけど」
「それも使わないと思うな」
「あとはタイタンの大気ですね。抵抗で燃料消費が激しくなると思いますから、それは気をつけてください」
「わかった。ありがとう」
整備員の説明をひと通り聞いて、古代はヘルメットを被った。
「で、お前がついてくんの?」
と下を向いて言う。アナライザーが応えて言った。
「ソウデス。古代サン、オ懐カシュウ」
「ほんとになあ。二週間以上同じ船に乗っていて全然会わなかったな」
「古代サンガ飛ブトナッタラ黙ッテハイラレマセン」
「ふうん」
と言った。この相棒と、今度は〈ゼロ〉でか――やることは、同じ荷物運びでも。
アナライザーを後ろに乗せて搭乗する。キャノピーを閉じると、〈ゼロ〉を載せているリフトが動き出した。扉が開いて、機体をカタパルトに進ませる。
目の前に〈ヤマト〉の巨大なエンジンノズルと垂直安定板が現れた。古代は後ろを振り向いてみた。ズンズンと響きを立ててビームを撃ちまくる砲台があり、その光の照り返しを艦橋や煙突が受けている。
やっぱり、ほんとに、昔の軍艦まんまなんだな、と思った。ガキの頃に横須賀の港で戦艦〈三笠〉ってのを見たけど、あっちの方がデカかったような気がするのはおれが大きくなったせいかな。しかしなんだよ、あの煙突。なんで宇宙船に煙突が……。
リフトが止まり、ロックが掛かる衝撃が伝わってきた。〈ゼロ〉の前にはカタパルト。そして宇宙。一面の星。そして土星。そしてタイタン。
『〈アルファー・ワン〉。発艦よし』
管制員の声がきた。
「了解」と言った。「〈アルファー・ワン〉、発艦する」
作品名:敵中横断二九六千光年1 セントエルモの灯 作家名:島田信之