敵中横断二九六千光年1 セントエルモの灯
揚陸艇
コスモナイト採掘チームを乗せた揚陸艇は、〈ゼロ〉より先に〈ヤマト〉を飛び立っていた。周囲の宇宙空間には、対空砲の試射のための無人標的機が飛び交っている。それにまぎれてタイタンへ降りる作戦なのだ。森は艇の副操縦席でレーダーを見ていたが、画面に古代の機体を示す指標が現れたのを見て窓に眼をやった。〈ヤマト〉から飛び出す〈ゼロ〉が小さく見える。
「あれが乗ると〈コスモゼロ〉までがんもどきになったみたいね」
両の翼に貨物ポッドを抱えた〈ゼロ〉は、実際とても宇宙戦闘機には見えなかった。もともと〈ゼロ〉はどことなくシャコかエビに翼を生やしたような形の戦闘機だと思っていたが、今やザリガニかヤドカリが宇宙を飛んでるように見える。それがクルリと向きを変え、こちらの方にやってきた。
「ほんとになんであれが航空隊長なの?」
と森はまた言った。隣の席で揚陸艇を操縦している山本に言ったものではあるが、しかしひとりごとのようなものだ。返事を期待したわけではない。
そして山本も応えるには応えたが、「わたしにもわかりません」
「本当に? 艦長から聞いてないの?」
「何も」
「でもあなた、もともとは坂井一尉の僚機だったわけでしょう? あれが隊長でもいいの?」
「それはわたしの考えることではありません」
「だって……」
と言った。タイタンが近づいてくる。その輪郭はモヤモヤしている。気圧で地球の1.5倍、密度で四倍もある大気。それが何百キロメートルもの厚いもやの層を成して地表を覆っているからだ。肉眼ではタイタンはオレンジ色の煙の玉にしか見えない。
あれが地球に似た星ねえ、と思う。確かにその大気のために、地面に降りて宇宙服のヘルメットを外してもすぐには死なない唯一の地球外天体であるのだが、メタンの次にたっぷりとアンモニアを含むためにひどい悪臭がするとも言われる。この揚陸艇にしても、後でその匂いを取るのに大いに苦労するはずだ。
それを思うと、降りていくのはいい気はしない。太陽系宇宙の鼻つまみ星ではないか。
目の前にある画面には、赤外線や電波で捉えた地表のようすが映っている。川や大きな湖があった。ただし、それらがたたえているのは水ではなくて液体メタンだ。温度はマイナス180度。
森は山本を見た。操縦桿を手にした顔は真剣そのものだ。ひたすら任務に集中していて、匂いのことなど何も考えてないように見える。いかにも女戦士といったたたずまいで、パイロットスーツの下の二の腕は自分の倍の太さがあるに違いなかった。森はふと、この前の新見の言葉を思い出した。
「戦闘機乗りならば、闘争心って大切よね」
「なんの話ですか」
「闘争心のない人間は戦闘機に乗れないでしょう」
これは同じことを言い換えたに過ぎない。山本はチラリとこちらを見てきた。
「古代一尉の話ですか」
「ええと、まあ、その」
「わたしは今の隊長が、闘争心に欠けているとは思いません」
「え? いや、でも」
そのために補給部隊にまわされたのは事実のはずだ。そう言おうとした。だが山本は言った。
「闘争心とは、決して絶望しないことです。腕がなくなれば操縦桿を噛みくわえてでも生き延びようとすることです。それがない人間に、武装のない輸送機でガミラスから逃げ続けることができるとは思いません」
「それは、まあ……」
「シミュレーターで機をうまく操れても、その人間が勇気があるかわかりません。あれはよく出来たゲームに過ぎず、墜ちても死にはしないのですから。不利な状況で無闇に敵に突っ込むのが闘争心じゃありません。囲まれてもあきらめずに反撃の機会を待つことのできる人間だけが、闘いで生き残れるのだと思います。死中に活を見出すとはそういうことです」
「ええと」
と言った。返す言葉を見つけられずにいるところに山本が言った。
「大気圏に突入します」
作品名:敵中横断二九六千光年1 セントエルモの灯 作家名:島田信之