敵中横断二九六千光年1 セントエルモの灯
屋久島
元は島であったらしいものが点々と続く。沖縄から奄美、トカラ列島のかつては海であった場所。あらためて古代は四機の〈タイガー〉に囲まれ飛行を続けた。あれからずっと北へ向かっているのだが、
「もうそろそろ燃料がないぜ」古代は言った。「〈タイガー〉のやつらも知ってるはずなんだけど……」
「忘レラレテルカモシレマセンヨ」
「うん……けどあいつらもきっと事情は同じだろう」
むしろこの〈がんもどき〉より燃料の残りは少ないかもしれないな、と思った。大気圏内、それも低空は空気抵抗が大きいため、宇宙よりはるかに多くの燃料を食う。まして戦闘機は大食いだ。さっきの空戦でだいぶ使ったに違いない。もうそろそろ九州というとこまで来たが、あとどれだけ飛べるものか。
空中給油なんて真似も、〈タイガー〉ならともかくとして、この〈がんもどき〉にはできない。まあ、〈タイガー〉にせよ〈がんもどき〉にせよ、垂直離着できるのだから、どこにでも好きに降りはできるのだが……しかし垂直着陸というのが、また盛大に燃料を食う。一度降りたらお互い二度と飛び立てないに違いない。
その着陸ができるリミットも迫っていた。せいぜい九州の中ほどまでしか飛べないだろう。
どうする気かなと思っていると、〈タイガー〉の一機が編隊を離脱した。どうやらかつて離島であったものに向かっているらしい――しかし、かなり大きな〈島〉だ。それにやけに高い山がそびえている。
「屋久島デスネ。キット昔ノ飛行場ニ降リルンデショウ」
「ふうん。今は枯れ木の山か……」
つぶやいた。地上の生き物が死に絶えたのは、放射能より塩害と寒冷化のせいが大きいと聞いている。海が干上がったことにより、元は陸であった土地まで塩が広がり地面を覆い尽くしたのだ。あの山などは頂上まで塩にまみれてしまっているに違いない。標高二千メートルのかつての洋上アルプスも、今はもう苔も生えはしないのだ。
〈タイガー〉はその屋久島に降りていく。なるほど、あれだけ大きな島なら飛行場のひとつくらい……と思ったが、残り三機はそこで大きく向きを変え、西の方角へ進路を取った。古代にも《ついて来い》と告げてくる。
なんだ?と思った。まさか今から中国へ行こうというのじゃないだろう。そんな燃料があるわけがない。その先に地下都市の入口でもあるのだろうか。
何もない地の上を二百キロ近く飛ばされた。いよいよ燃料が底を尽く。
と、レーダーに金属反応。行く手にかなり大きなものがあるのが映った。
基地か? いや、こんなにわかりやすくあったら、ガミラスにすぐ狙われてしまうはずだ。さっきの基地もレーダーには映らなかった。じゃあ、こいつはなんだろう。行く手に目をこらしてみた。赤茶けた地面の上に何かある――。
「なんだ?」
と古代は言った。ギザギザとした古い城のようなもの。古代の――って、自分の名じゃなく――遺跡か? しかし、かつて陸であったように見えないが。それにこの金属反応――。
だがすぐわかった。船だ。かなりデカい船。宇宙船じゃなく、水に浮く、海をかき分ける鉄の桶だ。どうやらそれは、沈没船の残骸だった。甲板に砲がズラズラ並んでいる。そして、城のような艦橋。
超ド級戦艦と呼ばれたたぐいの軍艦だった。海に沈んでいたそれが、乾きヒビ割れた大地に赤錆びた骸(むくろ)をさらしているのだ。
「〈大和〉デスネ。第二次大戦中ノ日本ノ戦艦デス」
「へえ。どこと戦争したの」
「マズ中国。次ニそ連トもんごるデス。〈そ連〉トイウノハチョット説明ガ必要デスガ、ソノ後ニ……」
「あーもういい」
聞いたおれがバカだったと思ったところにまたモールス信号。
《着陸スル》
〈タイガー〉が着陸脚を出していた。降りていくのはどうやら沈没船のところ。
「え? え? え?」
なんであんな場所に? アッケにとられていると、《隼》マーキングの〈タイガー〉が古代を後ろからせっついてきた。早く降りろというのだろう。
まず一機の〈タイガー〉が垂直降下で砂を巻き上げ沈没船から百メートルばかりに降りた。
どうやら続くしかない。古代は垂直降下に入った。
戦艦〈大和〉。その艦橋構造物。ヘシ折れて曲がったマスト。煙突が後ろに傾いでいるのはどうも元からであるようだが、それらを窓の外に見る。海の底で何かいろいろこびりついたらしきものが、ひからびてへばりついている。古代はそれらを間近に見上げるところに降りた。
《回収物とデータを持って降りろ》
とモールスで指示された。回収物とは例のカプセル、データとはあの潜航艇を撮った映像などなどだろうが、機体のフライトレコードを含むすべてのデータはアナライザーにコピーされて保存されてる。だからこの相棒を連れて行けばいい。古代は宇宙服を着て外に出た。また一機の〈タイガー〉が〈がんもどき〉のすぐ近くに着陸している。二機ともキャノピーは閉じたまま。
残り一機はまだ空にいた。もう燃料もないはずなのに、上空を見張るように旋回している。
モールス信号。《歩け。機体から離れろ》
言う通りにした。まるで身代金の受け渡しだな、と思う。10メートルほど歩いたところで止まれと言われた。
《両手を挙げろ》
「おい、いいかげんにしろよ!」怒鳴った。「おれが何をしたっていうんだ!」
〈タイガー〉のキャノピーが開いた。尾翼に《隼》のマーキングがあるやつだ。パイロットが姿を見せたと思ったら、拳銃を抜いて撃ってきた。BANG! 古代の足下の土が弾ける。
「わっ」
と古代とアナライザー。てんでたまらずに両手を挙げた。
《隼》機のパイロットが降りてくる。顔は黒いバイザーで見えない。古代の方にやってきた。手に拳銃を持ったままだ。
そして突きつけてきて言った。「この船を見たからにはお前を帰すわけにはいかない」
作品名:敵中横断二九六千光年1 セントエルモの灯 作家名:島田信之