敵中横断二九六千光年1 セントエルモの灯
〈ゆきかぜ〉
「了解」
と古代は応えた。垂直離着装置を使って〈ゼロ〉を空中にホバリングさせる。地球でやったら燃料消費が莫大になるところだが、タイタンの小さな重力と濃い大気の中ではさほどのことはない。砂に埋もれ、氷に覆われているらしい船に近づく。もやに隠れて、肉眼ではまだよく見えない。
だがだんだん見えてきた。間違いなく地球の高速駆逐艦だ。ガミラス艦と比べてみても不恰好で、まるで三浦の堤防で海を覗いてよく見つけたアメフラシやウミウシのよう。無数についたミサイル発射口の蓋がイボイボした感じなのもあのテの生き物みたいに見える。
同時に見えたものがあった。船のまわりの砂地だ。最初は風紋かと思ったが、
「船のまわりに轍(わだち)らしきものがあります。タイヤかキャタピラの跡のような……」
それに、見えた。人の足跡らしきものが。凍りついた船のまわりの砂に無数に刻まれている。
タイタンの環境ではすぐに風と液体メタンの雨で消えてしまうはずのものだ。それが見えるということは、つい最近、人がいた……?
『情報を送ってくれ』
と通信が来た。古代はカメラやセンサーが捉えたものを送信する。
そしてさらに沈没船に近づいた。ごく最近に沈んだ船で、生存者がいたということじゃないのか。もしそうなら、まだ生きている可能性が――。
〈ゼロ〉のコンピュータが船の名前を割り出して画面に出した。いそかぜ型ミサイル突撃艦〈ゆきかぜ〉。メ号作戦にて戦没。艦長の名は――。
次に画面に表れたものに、古代の意識は凍りついた。
《艦長:古代守》。実の兄の名と顔がそこに映し出されていた。
作品名:敵中横断二九六千光年1 セントエルモの灯 作家名:島田信之