敵中横断二九六千光年1 セントエルモの灯
襲撃
「作業中止だ! すぐ〈ヤマト〉に帰還する!」
採掘チームも相原からの通信を受け取っていた。石を切り出しビヤ樽ほどの太鼓にしていた者達が、採掘道具を放り出して走り出す。
攻撃は、それを待っていたかのようにやってきた。山本が揚陸艇を浮かすなり、それが寸前までいた場所で、榴弾と思(おぼ)しきものが炸裂したのだ。戦車砲か何かによって撃ち出されたものに違いなかった。
そしてすぐまた次の砲撃。〈テトリス〉の画面のような鉱床に当たって爆発する。そしてまた次、また次と、榴弾の雨が採掘チームを襲ってきた。
「そこの岩陰に隠れろ!」
斉藤は叫んだ。と、森が、駆け出したところで爆風に襲われた。数メートルを飛ばされ地面に倒れる。
「船務長!」
アナライザーが駆け寄った。森を抱えてドタバタと短い脚で岩陰に走る。
「大丈夫デスカ!」
『ええ、なんとか……』
森は言った。タイタンの小さな重力と、防弾性能も多少は持つ船外服のおかげでさほどダメージばなかったらしい。だが、
『ヒーターがやられちゃったみたい……』
「なんだと? 見せてみろ」
斉藤は言った。森の船外服を調べる。酸素タンクはどうやら無事だが、服を暖めるヒーターが破片を喰らっているのがわかった。
「まずいな。十分で冷たくなるぞ」
タイタンは気温マイナス180度。しかも高圧・高密度だ。地球の上で空気を同じ温度にするより遥かに熱を奪う力が強い。船外作業服にはそれに耐えられるものを着てきたけれど、それはヒーターが働いてこそ。
オレンジ色の空を見上げる。山本の揚陸艇が、榴弾を避けて宙を旋回している。
そして、攻撃の来る方向。湖の向こう岸だった。装甲車と思しき車両が何台かあり、上に付いたランチャーがタマを次々に見舞ってくるのだ。
『作業員がふたり殺られました』と報告する者がいる。『後はなんとか……』
「ああ」
と斉藤は応えて自分の体を見た。耐スペース・デブリ仕様の船外作業服のおかげでどうやらなんともない。
もう一度、空を見上げる。敵としてはまず飛んでいる山本の揚陸艇を狙いたいはずだが、それをしないのはできないからに違いない。対空用の火器がないのだ。と言うことは――。
「やつら、きっと、おれ達が来たのに最初から気づいてたんだ。それで隠れてようすを窺ってたんだろう。おれ達が気がついたのに気づいていま襲ってきた……」
それから、石を切り出した跡のある鉱床を見る。
「あれは試掘の跡じゃない。やつら、ここで石を採っていやがったんだ。いま襲ってきてるのもほんとはきっと採掘部隊だ。そうでなければタイミングよく出てこられるわけがないし、対空火器くらい用意してるはず……」
その車両が液体メタンの湖に車体を突っ込ませるのが見えた。襲撃前には鏡のようだった湖面に波を立たせてこちらの方へ進んでくる。二台、三台。
「水陸両用かよ」
斉藤は森を見た。なんとかしないと砲弾を喰らわなくても彼女は死ぬ。武器はない。いや、あるにはあるのだが……。
また上を見る。武器は宙に浮いている揚陸艇の中だ。そして操縦する山本にそれらは使えない。
となれば、と思った。ここはアンモニア水を噴き出す冷凍火山地帯だ。まわりは岩と氷だらけ。走ればなんとかコスモナイトの崖の向こうに行けるはず。そこであれば揚陸艇が、砲撃を食らうことなく降りられるかも――。
「待ってろ!」
斉藤は叫んで駆け出した。タイタンの、地球の七分の一の重力の中を、ぴょーんぴょーんと飛び跳ねて進む。ときに2メートルも高く飛び上がり、30メートル程も長く跳びながら、少しでも大気の抵抗を減らすため両手を身にピタリと付けて、体をピンと縦に伸ばす。それはまるでトビウオでも飛んでいるか、ジャンプするスキー選手のように見えた。
『斉藤さん!』採掘チームの者らが叫んだ。
すかさず、敵が斉藤を狙う。斉藤が跳ぶまわりの宙で次々に榴弾の火が炸裂した。
作品名:敵中横断二九六千光年1 セントエルモの灯 作家名:島田信之