銀魂 −アインクラッド篇−
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『ソードアート・オンライン』
・第五十五層 グランザム フィールド 迷宮区入口前
荒れた荒野―――灰色の岩造りの迷宮区の前。
そこでは甲高い笑い声が響き渡っていた。
岩の上で男は両手で自分の体を抱え、全身をよじって笑っている。
「クハッ!ヒャッ!ヒャハハハハッ!」
堪えきれないのか天を仰いで哄笑する。
その男の下には、2人の人物が地面に倒れている――――その内の1人は、キリトだった。
「ゴドフリー!速く解毒結晶を使え!!」
キリトは倒れていたゴドフリーという人物に声をかけるも、高笑う男・・・クラディールは一切容赦せずゴドフリーの身体に剣を何度も何度も突き立てる。
ゴドフリーは「何のつもりだ!」「やめてくれ!」と、何度もお願いをするもクラディールはお構いなしに笑い続け、ついにHPがゼロになった瞬間、言葉にならない悲鳴をあげながらゴドフリーは無数の破片となって飛び散った。
(迂闊だった・・・なんで、こんなことに――――ッ!!)
最初に下された指令の内容は『訓練』だった。
七十五層の迷宮区攻略前にキリトの技量を確認する為、既に攻略済みの五十五層の迷宮区を突破、次の層の種が行くまで到達するという内容だ。
それを指揮したのがゴドフリー。もともと副団長であるアスナの強権発動によって銀時を含む3人のパーティーで攻略を続ける予定だったのだが、ギルドの方針としてそれは却下、今回の指令の内容となった。
怒りが頂点に達したアスナを落ち着かせ、キリトは仕方なしにアスナと別れる。アスナには「すぐに帰る。ここで待ってて」と言い残した。その時の彼女の不安気な表情は今でも忘れられない。待ち合わせ場所にいくとそこにはクラディールの姿があり、嫌な予感を感じつつ迷宮区を目指して荒野のフィールドを進んでいく。ゴドフリーは実戦に限りなく近い形式で訓練を行うとのことでアイテム一式は全て没収すると言い出した。キリトが所有していた結晶アイテムは抵抗を感じながらも指示通りに全て預ける。それが一番の失敗だった。
迷宮区前でゴドフリーよりキリトとクラディールともう1人の団員に一時休憩の令を出す。ゴドフリーから配布された食糧を受け取り、クラディールを抜いた全員が水の瓶に口を付ける。キリトはクラディールだけ何故か食糧と水に手を付けていないことに気が付き、本能がそうさせたのか、冷たい戦慄が全身を包み、とっさに水の瓶を投げ捨てるも時は既に遅く、大量の麻痺毒がメンバー全員の身体を蝕み始めた。
クラディールが最初に手を掛けたのはもう一人の団員。団員は嫌だ、死にたくない、助けて、何でもすると動かない身体で必死に抵抗するもおかまいなしに惨殺された。
次の標的となったゴドフリーも無数の破片となり、残すのは自分。
クラディールは壊れた人形のように身体を動かし、笑いながらキリトに話し始めた。
「いいか〜俺のシナリオはなぁ〜、俺達パーティはぁ、荒野で犯罪者プレイヤーの大群に襲われてぇ、勇戦空しく3人が死亡ぉ!俺1人になったものの見事犯罪者を撃退して生還しましたァッ!!キヒヒヒヒッ!!・・・・なぁ、お前みてえなガキ1人のためによぉ、関係ねぇ奴何人もやっちまったよ」
「その割にはずいぶんと嬉しそうだったじゃないか」
キリトはそう答えながら必死に状況を打開する方法を模索する。動くのは口と左手だけ。麻痺状態ではメニューウインドウが開けず誰かにメッセージを送ることもできない。
「お前みたいな奴がなんで血盟騎士団に入った・・・犯罪者ギルドのほうがよっぽどお似合いですが?」
「決まってんじゃねぇか。あの女だよ」
軋んだ声で言いながら、クラディールは尖った舌で唇を嘗めまわした。
あの女・・・アスナのことかッ!
「貴様・・・!」
「心配するなぁ。お前の大事なアスナ様は俺がきっちりと面倒みてやるからよ。キヒヒッ!」
クラディールは傍らから毒水入りの瓶を取り出し、ちゃぷちゃぷと鳴らして見せた。
「それによ、お前さっき犯罪者ギルドが似合うとかなんとか言ってただろ?いい眼してやがるな・・・ほら」
クラディールは突然左のガントレットを除装した。純白のインナーの袖をめくり、露わになった前腕の内側をキリトに向ける。
タトゥーだ。カリカチュアライズされた漆黒の棺桶の図案。蓋にはにやにや笑う両眼と口が描かれ、ずれた隙間から白骨の腕がはみ出している。
そのエンブレムはかつて存在していたPKギルド『ラフィン・コフィン―笑う棺桶―』の物だった。
「復讐か?お前、ラフコフの生き残りか?」
「ちげーよ、んなだせぇことするかよ。俺がラフコフに入ったのはつい最近だ。この麻痺テクもそん時教えてもらったぜ。あ・・・そうだ。忘れていた。いや、最近物忘れ激しくてねぇ〜、へへへッ」
クラディールはキリトの耳元でささやくように伝える。
「あの男・・・そう、あの銀髪天然パーマの男だけどよ。ラフコフのアジトにゴミのように捨てて来てやったぜ?」
「――――ッ!!! 許さないッ!お前だけは、絶対に許さないからなぁッ!!」
キリトに今まで感じたことのないような怒りが心の奥底から頭のてっぺんにまで湧き上がる。
たった数日だけどずっと昔からいたような友人にまで薄汚い魔の手が及んだ事に我慢がしきれなくなり、汚い言葉を何度も何度もクラディールに言い放った。しかし何もできないキリトに対しクラディールは再び高笑いをする。
「死ねッ!人殺しッ!!お前なんか地獄に落ちてしまえェェェ――ッ!!」
「ひゃ〜はッはッはッ!!い〜ひッひッひッ!!」
アスナ・・・・ギンさん・・・っ!!
何もできなくて、残せなくてすまないッ!
ただ一つ今出来る事があるとしたら、俺はこの男を地べたに這いつくばらせて大声で助けて死にたくないと泣かせてやりたいッ!!
なのに、何もできない・・・。
すまない、すまない・・・・っ!
―――その時、一陣の疾風が吹いた。
白と赤の色彩を持った風だった。
悔しくてずっと恨めしくて、今すぐ息の根を止めてやりたいと思っていた殺人者は剣ごと空高く跳ね飛ばされた。キリトは目の前に舞い降りた人影を声も無く見つめた。
「間にあった・・・神様・・・間にあったよ・・・生きてる・・・生きているよねキリト君・・・」
震えるその声は、天使の羽音にも優るほど美しく響いた。
「アス・・ナ・・・」
キリトの声は自分でも驚くほど、弱々しく掠れていた。アスナは毒で減り続けていたキリトの体力を回復させ「すぐ終わらせるから」と一言言い残し、大きな音を立てて派手に転がっていたクラディールに向かって歩き始める。
「あ・・・アスナ様・・・なぜここにっ・・・そ、そう!これは訓練!訓練です!く―――ギィヤァァァッッッ!!や、やめッ・・・・たすッ・・・ア゛ァァァッ!!!!」
作品名:銀魂 −アインクラッド篇− 作家名:a-o-w