ナキムシと手のひら
『良かったね。事故、大したことなかったみたいで。』
「本当に。警察もビックリしてたよね。
持ってた荷物がクッションになって被害者の女の子はかすり傷ひとつなし、
運転手も車にちょっと傷がついただけなんて、まるでアニメか漫画の世界みたいだよ。」
暫く経って俺が泣き終わった頃を見計らって、
彼女は俺をカフェに連れて来てくれていた。
きっと、俺を落ち着かせるためなんだろう。
その優しい心遣いが胸にじんわりと広がった。
「君なんじゃないかって、本当に心配したんだよ?
俺、心臓止まるんじゃないかって思ったんだから!」
『それを言うならこっちの台詞だよ。
待ち合わせ場所に行ってもウキョウ全然来ないし、
今日に限って携帯忘れちゃったから連絡取れないし、
そしたら近くで事故が遭ったって騒いでるから心配で…』
「えっ?俺、ずっとあそこにいたけど…」
『私もずっと待ち合わせ場所で待ってたんだけど…』
「………」
『………』
どうにも二人の会話が噛み合わない。
もしかして、と思ってやりとりしたメールを開いてみたけれど、
極度の方向音痴を発揮して俺が場所を間違えたわけではなさそうだ。
「ほら見てよ!駅の近くの噴水の前でって書いてあるよ!」
『………ウキョウ?』
「?」
『私たちが待ち合わせしたのは"噴水"の前だよね?
ウキョウがいたのは、"池"の前だよ…?』
「えっ!?」
慌てて記憶を総動員して思い出す。
駅は間違ってない。そこは大丈夫だ。
ただ、記憶の中に、池はあっても、噴水は出てこない。
またしてもアニメか漫画の世界にでも起こりそうな展開に、
自分でも若干嫌気がさしてくる。
「えーと…」
『………』
「ごっ、ごめんなさい!!
いてっ…てゆか冷たっ…!」
勢いよく頭を下げた拍子にテーブルに激突し、
挙句にはその衝撃でグラスが倒れ、頭から水をかぶってしまった。
「お客様!大丈夫ですか?!」
「あ、だ、大丈夫です!慣れてますんで…!」
「な、慣れ………?」
「あああいえこっちの話です!とにかく、大丈夫なので!!」
「は、はぁ…」
慌てて飛んできたスタッフは俺の言動に若干不思議そうな顔をしていたけれど、
手早くキッチンの方に戻ると乾いたタオルを持ってきてくれた。
テーブルの上もさっと片付けるとそそくさと去って行く。
何となく、周りのお客さんのテーブルが俺たちから遠ざかったような気がした。
「ご、ごめんね…大丈夫!?君は濡れなかった!?」
『私は大丈夫。いいからほら、ウキョウ、タオル貸して。』
「いいよこれくらい!自分でやれるし!」
『自分で指定しといて池と噴水間違えるような人は、
いいから大人しくしててください。』
「はーい…」
『まぁ…私も携帯忘れて、連絡取れなくなっちゃってたし。
おあいこってことにしてあげる。』
たしなめられて、しょんぼりしながらも髪を拭いてもらう。
何だかすごく情けない気分だったけれど、
彼女が髪を拭いてくれるのは、とても気持ちが良かった。