aph 『英国シンシの憂鬱』
■英国シンシの溜息■
食ってなかった! いや、食ってたけど、魚を一口かじっただけだった。まぁセーフだろう。
それにしても、久しぶりの再会だっていうのに、挨拶も握手もなしで日本をどなりつけてしまったのは完全に紳士失格だ。
相当にバツが悪い。
しかも相手の食いもんまで奪い取って食っちまったし……
何やってるんだ俺。
客人にマズいと言われるようなメシなんか食わせちゃ紳士の国としての沽券に関わる、と思って必死だったのに。
これじゃ逆に俺の株を下げちまったな……
「悪かったな、お前のランチ取っちまって……。ひょっとして、腹減ってるか?」
そうだ。ここから挽回しないとな。
俺は手に持っている袋からあるものを取り出した。
近所の総菜コーナーで切り売りしてくれるキッシュだ。
ほうれん草入り、ポテト入り、その他色々、これが最近ちまたでずいぶんと売れているらしい。
噂を聞いて食ってみたら、かなり美味い。 ――他人もそう思うかどうか自信はないが。
よそんちの料理出して上手いと言わせても仕方がないし、普段誰も食ってないようなモンふるまって俺んちの料理だと言っても嘘になる。
フランスの野郎なんかいくら騙しても気にならないが、こいつはまっすぐ過ぎるところがあるからな。ヘタな小細工じゃ却って軽蔑されるってことはとっくの昔に調査済みだぜ。
絶品だと唸らせなくてもいいんだ……こいつの顔を、不味さでゆがめさせてしまうことさえなければ。
「俺が普段食ってるやつでよければ、食うか?」
「え。あ、ありがとうございます。では遠慮なくいただきます」
俺が旨いと思って食ってるモンでも、皆にマズいって言われてきたからなぁ……。でも、これでダメなら仕方ない。
客人は卵とホウレン草ののキッシュを一口食べた……。ごくり。
気取られないように顔色をうかがっていると、日本は滅多に輝かない目を輝かせ、まじまじとキッシュを見て言った。
「こ、これは……!」
「ん? ああ。普通のキッシュだが」
「……うちにもイギリスさんの家を参考にした英国風キッシュの店はあるんですが…… こんなに美味しいものは初めてです!」
大成功だ!
グルメ化した日本をしかめさせないどころか、感動させたぞ!
作品名:aph 『英国シンシの憂鬱』 作家名:八橋くるみ