aph 『英国シンシの憂鬱』
■N国シンシの驚愕■
「……普通のスーパー、ですか?」
「ああ、普通の、ごく一般的なスーパーマーケットだ」
あのあと、イギリスさんはキッシュのほかにもう一つ、細かく切り分けたパンのかけらを私の口に放り込んで下さいました。
決して高級な料理ではないのに、この数日のこともあってか、噛み締めるほどににじむ美味しさに泣ける思いでした。
どこで手に入るのか知りたいとせがんだところ、はじめは気乗りしなかったご様子のイギリスさんでしたが、最後にはため息とともに頷いて下さったのです。
案内されて自動ドアを入っていくと、そこには買い物カゴをカートに乗せて押して歩く一般婦女子の方々のお買い物の姿……
「私のうちと、何も変わりませんね」
「都会はどこも一緒だろ」
言われてみれば、人間が必要なものや不便なことと言うのはそうそう違いがあるわけではありません。
技術が進歩して、科学も進歩して、サービスも行き渡って、人が集まって暮らせば、できうる最大限の便利な生活というのは結局、どこの国の誰にとっても同じもののようです。
場所は違えど、どこの都市でもこういった食材や衛星保険品の陳列されたスーパーマーケットで買い物することになるものなのでしょう。
パッキングされたお総菜は、すぐに食べられる物や、熱を通すだけで良いところまで下ごしらえの終わっている物です。
そして、買って帰れば数日食べることのできそうな大きなパンがいっぱい並べられたコーナー。
「おお!」
パンコーナーは、私の家のそれとはまったく印象が違いました。お店の中に入っているパン屋さんとも違います。
おでんを入れる升目の什器を大きく横に広げたように、それぞれの升目の中に同じ種類のパンが大量に放り込まれています。
その一つ一つは私の家のお総菜パンの倍以上は大きさがありました。
あらかじめフィルムやビニール袋に入っているものはありません。どれも裸で置かれているのをトングで挟み、袋に入れてからカゴに加えるようです。
私の家でよく見る、ロールパンを6つくらいまとめてフィルムに入れたセットなどはないようです。その代わり、小さなパンを並べて焼いてくっつけてあり、一体になっているものをもぐことで一つ一つバラバラになるようになっている細長のパンがありました。
なるほど…包装をせずとも、こういうまとめ方もあるんですね。
「それ、買うか?」
私が見ていた細長い7連パンを取ると、イギリスさんは私に向かってパンを構えておっしゃいました。
「サムライみたいだろ?」
ええと……別に刀を連想してこれを見つめていたわけではなかったのですが……。その、お気持ちは嬉しく思います。
他にも、巨大レモンのような形をした、とんがりのあるパン、ラグビーボールをつぶしたような形のパン、ねじりの入ったパン、太く編まれたようなパン、クローバーのように並べたパン…ざっと30種類くらいのパンがありましょうか。
太刀回りが気に入ったのか、例のパンで縦に斜めに空間を斬り付けてはご機嫌の様子のイギリスさんを横目でチラリと見ながら、私がかつて見ていたイギリスさんの姿は、よそ行き顔にすぎなかったのかもしれない……という想いが湧きました。
イギリスさんの普段の暮らし――そういえば見たことがありませんでしたね……。
疎遠になって以来、いま、初めて見せていただいてるんですね。
作品名:aph 『英国シンシの憂鬱』 作家名:八橋くるみ