激ニブ星の恋人?
第十話 ハイキングでパニック!
「ハイキングに行きたいアル」
突然、神楽がそんなことを言い出した。
女子のあいだでは、歴史、カメラ、に続き、山に行くのがはやりだしたのだという。
もちろん、銀時は聞き流した。
めんどうくさかったからである。
しかし、寝ころんでいるソファのまわりで、ハイキングハイキングと神楽にさわがれ、お給料もらってないんですからこのぐらいしてくれてもいいんじゃないですかと新八に言われ、しょうがなく、銀時は起きあがった。
「なんだソレ」
銀時はあきれた声で言った。
すると、まえを進んでいた桂が足を止めて、ふり返る。
「ああ、これか。カワイイだろう?」
得意げな顔をしている。
その背中にはリュックサックがあった。
ただし、普通のリュックサックではない。
エリザベスを模した形、デザインである。
もちろん特注品だろう。
ハイキングに行くことになり、新八と神楽から言われて桂を誘った。
だが、その際、エリザベスはつれてくるなと言った。
理由は好きになれないからだが、そんなことを言ったら桂が怒るのは眼に見えていたので、山のぼりはエリザベスにはつらいかもしれないと言っておいた。
結果、桂はエリザベスはつれてこなかったが、まるでエリザベスの分身のようなリュックサックを背負ってきた。
おもしろくない。
「どこかカワイイんだ。オメーの感覚はおかしいんじゃねェか」
「なんだと」
途端に、桂は不機嫌そのものの表情になる。
「エリザベスの愛らしさがわからぬとは、感覚がおかしいのは貴様のほうだ」
さっと身をひるがえし、肩を怒らせて山道を歩き始めた。
またあのエリザベスの分身と対面させられる。
これがカワイイというのは、どうなのか。
というか、百歩譲ってカワイイとしても、いい歳をした男がこれをリュックサックとして背負っているのは、どうなのか。
いや、一番どうかしているのは、そんなものを背負っている相手をそれごと抱き寄せたいと思っている自分だろう。
幼いころから今まで飽きるほど見てきた姿なのに、惹きつけられてしまう。
そして、これから先もそれは変わらないだろうと予想できてしまう。
どうかしている。
悶々としながら、銀時は桂のうしろを歩いた。
しばらくして、吊り橋に差しかかった。
年季の入った吊り橋で、幅が狭く、はるか下に川が見えた。
落ちたら死ぬ、死ななくても重傷だろう。
結構コワイ。
しかし、そんな恐怖心は顔には出さないよう目一杯虚勢を張って、銀時は渡る。
だが。
ちょうど真ん中ぐらいまできたとき。
橋が大きく揺れた……!
地震か!?
よりにもよってこんなときに!
驚いて、銀時はあたりを見渡した。
すると、橋のたもとに神楽がいるのが見えた。
神楽がその怪力で橋を揺らしている。
「吊り橋効果アルーーー!」
吊り橋効果、それは、人は危険な状況で興奮しているときに一緒にいた相手と恋愛関係に発展しやすい、というものである。
「バカか、テメー!」
銀時は叫んだ。
吊り橋どころか戦場というきわめて危険な状況でともにあってさえ恋愛関係に発展しなかったのに、今さらである。
というか、危ないからそんなことするな、である。
しかし。
「うわっ……!」
桂が声をあげた。
瞬時に、銀時は桂のほうをふり返る。
その胸に、桂が飛びこんできた。
いや、正確には、揺れる橋の上で桂がバランスを崩して、その先に銀時の胸があっただけである。
けれども、銀時は桂が胸に飛びこんできたと思った。
錯覚である。
なにしろ、危険な状況で頭が興奮しているので。
その上、とっさに桂は銀時にしがみついた。
これを銀時は桂が抱きついてきたものと認識した。
吊り橋効果である。
ただし、一方的な。
理性がブチッと切れる音がした。
「うおおおおおおーーーー!!!」
銀時は雄叫びをあげながら、揺れるのをものともせずに吊り橋を走る。
その腕には桂を抱きかかえていた。
「行っちゃったアル」
神楽は橋を揺らすのをやめた。
走り去っていった銀時の姿はもう見えない。
「大丈夫かな、銀さん、なんだか様子が変だったけど」
新八が神楽の隣で心配そうに言った。
ハッと銀時は我に返った。
まわりは木だらけだ。
獣道にいる。
ここはどこだ……?
そう思っていると。
「おい、いいかげん、おろしてくれ」
桂の声が聞こえてきた。
それで、ふたたび、ハッとする。
桂を抱きかかえたままだった。
「……悪ィ」
ぼそっと謝って、桂をおろす。
桂は獣道に立った。
そして。
「まったく、あれぐらいですっかり動揺してしまうなぞ、情けない」
堅い声で告げた。
だが、非難の色は薄い。
とりあえず言ったという感じだ。
あまり気にしていないのだろう。
「新八君たちと合流せねばならんな。早く、もどろう」
そう桂はうながし、来た方向に歩きだした。
「ああ」
銀時はうなずく。
しかし。
このまま何事もなかったかのように新八や神楽と合流してしまっていいのか?
これまでうまくいかなかったのは、こちらの想いに気づいてもらうことすらできなかったのは、伝えようとして失敗して、すぐにあきらめてしまったからではないのか?
あきらめずにダメ押しする必要があったのではないか?
そう、ひらめいた。
「桂」
呼びかける。
歩きだしていて、すでに少し離れたところにいた桂が、足を止め、身体ごとふり返った。
「なんだ」
「俺ァ」
近づいていく。
しかし、頭は興奮状態にある。
足下をよく見ていなかった。
獣道である。
「オメーのことが」
不運なことに、木の根が罠のように横たわっていた。
「す……っ!?」
好きだ、とは言えなかった。
木の根につまづいてしまったのだ。
身体が傾ぎ、それをもとにもどせず、地面へと引き寄せられる。
倒れる。
その先に、桂の身体があった。
「おい……!」
桂が怒鳴った。
その頃には、桂の身体に倒れかかっていた。
銀時の身体のほうが重く、さらに、つまづいて勢いがついている。
受け止めることはできなかったらしく、桂も倒れた。
「なにしてるアルかーーーー!?」
神楽の怒鳴り声が聞こえた。
その声で、銀時はハッとする。
身体の下に、桂があおむけに倒れている。
自分はその桂にのしかかっているような体勢だ。
しかも、倒れかかったとき、とっさに桂の襟をつかんでしまったらしく、もちろん故意ではないのだが、その襟をぐいっと引っ張ってしまったらしく、きもののまえが乱れて、桂の白い胸元が少し見えている。
まるで、自分が無理矢理にはだけさせたようだ。
いや、実際、自分がはだけさせたのだが。
しかし、誓って言うが、わざとではない。
偶然である。
だが、そんなことは神楽にはわからない。
そして、新八にも、である。
「やっちまったらこっちのモンだとか思ったアルか!? 最低アル!!」
「いくらこれまで苦労してきたとはいえ、やっていいことと悪いことがあります」
「え……、ちょ、ちょっと待て、誤解だ!」
銀時は弁明しようとした。
しかし、そのあいだも新八と神楽は不穏な空気を漂わせて近づいてきた。
「鉄拳制裁!」
銀時は新八と神楽から殴られ、気を失った。