激ニブ星の恋人?
第三話 過去回想 高杉に同情されるレベル
高杉は藩校からの帰り道を歩いていた。
しかし、家に帰るのではない。
家には立ち寄らずに、松陽の塾へと向かう。
松陽は高杉が最も尊敬している師である。
幼い頃から、熱視線を……、いや、尊敬の眼差しを向けてきた相手である。
最近、高杉が松陽の塾に通っていることについて、両親が嫌な顔をするようになった。
松陽の唱える攘夷思想が危険だという。
直接その話を聞いたこともないのに、非難するとは。
情けない……と思うものの、高杉家のひとり息子として大切に育てられてきた身としては、両親をけなすようなことはしたくない。
熱い。
蝉の声が時雨のように降ってくる。
高杉は頬を流れ落ちる汗をぬぐう。
太陽はまだ高い位置にあって、強烈な陽ざしを降りそそいでいる。
今はまだ農作業をしているかもしれない。
ふと、そう思った。
松陽は貧しい者から月謝を取らず、しかも塾生は貧しい家の者が多いので、塾の収入だけでは生計がたたない。
そのため、農民のように作物を育てている。
塾生たちは、その手伝いをよくしている。
だが、自分はちゃんと月謝を払っているから、いいんだ。
胸の中で、高杉はみずからの正当性を主張した。
高杉の家は身分が高く、裕福でもある。
そのことについて、誇りがある。
だから、他の塾生たちのように農作業を手伝うのは嫌だった。
寄り道をしよう。
近くに神社があるのを見て、そう思った。
階段をのぼりきると、鳥居をくぐり、参道を進む。
本殿のまえに立つ。
ふと。
「……で、そんときに、この文を渡されたんだ」
声が聞こえてきた。
それも、聞き覚えのある声だ。
高杉は本殿の正面にいるが、声はその正反対の方向から聞こえてきた。
足音を忍ばせて、本殿の裏に行く。
本殿の裏には雑木林がある。
高杉は本殿に隠れるようにしながら、雑木林のほうを見た。
木々の影が落ちる中、予想したとおり、銀時がいた。
「楓屋のおせいが、か」
銀時の近くには桂がいて、そう言った。
楓屋は城下に店をかまえる商家である。
おせいは、その家の次女だ。
なかなかの美人だと評判の娘だ。
「ああ」
銀時は桂に向かって、うなずいた。
おせいが、銀時に、文を。
そう思うと、ムカついた。
別におせいに憧れているわけではなく、銀時が評判の美人から文をもらったというのが、腹立たしかった。
銀時は体格が良い。
顔立ちは荒削りな感じがするが、真剣な表情をしていれば、男前の部類に入ることがわかる。
その上、腕がたつ。
少年から青年になり、銀時は娘たちの眼をひく存在となったようだ。
ムカつく。
だが、銀時がだれかから恋文をもらったことを他人に話すのは意外な気がした。
それに、拝殿に隠れてではあるが、ここから見ているかぎり、銀時に自慢そうな様子はない。
桂の反応を観察しているように見える。
「なに書いてあるか、気にならねーか」
そう銀時は桂に聞いた。
桂は口を開く。
「いや、まったく」
バッサリ。
そんな切り捨てる音が聞こえてきそうな口調だった。
銀時の肩が少し下がった。
がっかりしたように。
しかし、桂はそれに少しも気づいていないらしい。
「だいたい、もらった文の内容をその者の了解を得ずして他人に見せようとするのは、良くないことだろう」
銀時に説教をする。
「……そんなのわかってるさ、わかってるんだけどよー…」
暗い眼をして銀時は小声でひとりごとのように言う。
「なにをぶつぶつ言っているんだ」
桂は眉間にしわを寄せる。
だが、すぐにその表情をゆるめた。
「それで、返事はどうするんだ?」
「気になるのか?」
暗い眼をしていたのが、一転して、銀時の眼が輝く。
いつもは眠たそうな眼をしているので、その眼のきらめきは、ちょっと不気味だ。
「ああ、まあ、一応な。それで、もちろん、良い返事をするのだろうな?」
「……え、なにが、もちろんなワケ」
銀時の眼からきらめきが消える。
なぜそんなことを聞かれるのかわからなかったらしく、桂は小首をかしげた。
銀時は言う。
「オメーは、俺が、いい返事をしてもいいのかよ……?」
「ああ」
あたりまえだろう、と思っているのが疑いようもない表情で、桂はうなずく。
「女子が勇気をふりしぼって文をおまえに渡してきたんだ。むげなことをしたら、かわいそうだ。それに、相手は、楓屋のおせいだ。良い相手ではないか」
桂の言うことは、もっともである。
高杉も桂も家格の高い武家の者であるので、結婚相手は家が決めるものだ。
しかし、銀時は松陽が拾ってきた者であるから、武家のしきたりにはとらわれない。
相手が商人の次女であっても、問題ないだろう。
しかし、銀時は厳しい表情をしている。
その口を開いた。
「俺は」
意を決したように、言う。
「おまえのほうが、いい」