バベルの崩壊
来客を告げる軽やかなチャイムに、日本はやれやれとドアスコープから通路をのぞきこむ。
へらりと笑って手を振ったのは、予想通りフランスだった。
無言で投げキスをしてくる男にため息をつきながら、日本はドアを開けてフランスを招き入れる。
「調子どう? まだダメ?」
フランスに顔をのぞきこまれ、日本はあいまいな微笑みを口元に貼りつけて黙っている。
「ダメかー!」
ちぇーと唇を尖らせたまま、フランスは小さな日本の頭を乱暴にかき回す。
「おーい日本の頭の中ー、どうにかしろー!」
「わ、ちょ、フランスさん、もう!」
がっしと両手首をつかんでやめさせると、すっと真顔になったフランスと視線が合い、一瞬ひるむ。
「ね、俺の言ってること、本当にわからないんだ?」
「ええと……すみません、怒っていらっしゃるのですか」
「謝らないで。怒っているわけじゃない。ただ切ないんだ、いとしい人」
真剣な瞳にひたと見据えられただけで、日本は動くことができない。
「こうやって愛を囁いても君に伝わらない。それがとても悲しくて、俺にはこれ以上辛いことなんて思いつかないよ。俺のかわいい人、愛、俺の翼、愛してるよ。言葉で伝わらないなら、行為で示すしかないかな。ねえキスしよう」
いつの間にかフランスの両手が日本の頬を挟んでいる。男性にしては少し丸みのある頬が燃えるように熱い。
「あ、のですね! いくらフランス語に疎くても、私だって、愛の言葉くらいはわかるんです!」
これ以上ないほど赤面した日本は目を潤ませながら喚き始めた。
「恥ずかしい! 何のプレイですかこれ! よりによって貴方と言葉が通じないなんて、不安でたまらなかったのに、全部吹っ飛んでいきましたよ! とりあえず通訳の手配をしますから放して下さい!」
「通訳なんて要らないでしょ、菊が俺の言葉でしゃべるようになるまで帰さなければいいんだもん。ねえ…いいだろ」
また喚かれる前に、フランスは細い恋人の体を自分の腕の中に収める事に成功した。抵抗も意に介さず、奥へ誘導していく。
「フランシスさん……、まさか、ねえ待ってくださいよ、こんな明るいうちに何を考えているんですか!」
「昼でも夜でも、菊がいるならそこが愛の巣になるんだよ愛しい人」
まるでダンスを踊るような優雅さでいなされて、日本はベッドルームに連れ込まれてしまう。
国という立場上、ランクの高いホテルを割り当てられており、ベッドは男が二人で寝ても十分に広さがあるダブルサイズだった。
「こんなことしている場合では……」
「こんなこと?」
日本の言葉に、フランスはどさりとベッドに倒れこみながら唇をなめた。
「こんなこと、とはひどいな。恋人と愛を交わすこと以上に、優先すべきことはこの世に存在しないさ」
うううとうめきながら、日本は真っ赤な顔で最後の抵抗を試みるが、残念ながら体格差も相まって逃れようもなかった。
ちゅ、と唇が思いのほか優しく降ってくる。触れるだけのキスは、ノックした舌先によってすぐに絡み合うものへなっていく。
互いの口元が濡れた頃、フランスはにっこりと笑って、音高く日本の頬にもキスをしてにっこりと笑った。
「イタダキマス」
「そこだけ日本語!」