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呪いと祝福、愛情と憎しみ

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 苦しい。息ができない。
 このまま自分は消えてしまうのか。そう思った瞬間、名を呼んでいた。最後の最後ともなると、もはや意地とか見栄とか、そんな物はどうでもよくなるらしい。
 たった一人の存在を求め、喘いだ。会いたいと願った。
 けれど遅い。間に合わない。
 意地を張った結果がこれだ。結局何も伝えることすらできなかった。本当は、白澤に報復だとか、どうでもよかったのに。最後の最後まで、あの男と、戯れのようなやりとりに興じていることができれば、それでよかった。
「……っぁ」
 もう、声も出ない。耳もひどく遠い。目も、霞んでいく。鼓動が一瞬一瞬ごとに弱まって行くのがわかる。
 天をかきむしろうとする指先が、ざらりと崩れた気がした。
 鬼灯は、目を閉じた。
 あと、どれくらいだろう。10分、15分? さっきまで全身を覆っていた息苦しさすら、遠い。それとも、もう既に自分は消えてしまったのだろうか。
 何も見えなくて聞こえなくて、辺りは闇と無音に包まれたまま。立っているのか横になっているのか、落ちて行くのか浮上していくのか、方向さえもおぼつかない。
 ぐるぐると螺旋を回っているような感覚。その中に、不意にぼんやりといくつかの小さな赤い色が浮かび上がる。そのうちの一つが遠くに離れようとして、ぽぅっと小さな光を最後の一瞬に大きく発して、燃え尽きた。直観的に鬼灯は、これが自分自身なのだと気付いた。
 その昔、鬼になる前に、「丁」と呼ばれた死にかけの子供に入りこんだ鬼火たち。それが今、自分の中から離れようとしているのだと。
 長い間、世話になってしまった。あの鬼火たちも、これからまたそれぞれ違う所へ向かうのかもしれない。行けばいい。一つ一つ離ればなれになって、そして鬼灯と言う存在は居なくなる。何もかも忘れ、丁であったことすら消え失せ、違うものとなる。
 仕方の無いこと。それが定め。受け容れるしかないのに、受け容れがたいのはなぜか。最後の最後のこの段階になってまで、あの男の顔が浮かぶ。いっそ消えてほしい。そうすれば、自分だってきっとあの鬼火達のように消えていけるはずなのに。
――そんなの、僕は認めない!
 不意に何の音もない世界にその音が響いた。
 鬼灯は弾かれたようにその姿を探した。
 まさかと思った。聞き慣れた、我儘で不愉快な、けれど聞くたびに心踊らされ、その姿を求めてしまう、声。遠くから、白銀の一条の光が鬼灯に向かって真っすぐ差し込んだ。
 それは遠くに去ろうとする鬼火を呑みこんで、鬼灯を貫いた。闇が一瞬で光に包まれた。身体中に精力が漲って行くのがわかった。
「――っ!」
 鬼灯は目を開けた。唇に温かい物が触れ、押しのけようと口を開いた途端に舌が割り込んで、鬼灯の口内を侵した。同時に余りに甘美な霊力が鬼灯に流れ込み、鬼灯の身体の中を指の先まであまねく満たしていく。鬼灯は夢中でそれを貪った。欲に任せるままにそれを、受け容れ、求めた。
「っ――、お前って意外と情熱的……」
 急激に奪い取られる力に耐えかね、力の源が鬼灯を引き離す。目に入ったのは、額に汗を浮かべ、青ざめ、それでもいつもの軽薄な笑みは崩さない、あの男。
「はく、たく……、さん」
 何が起きたのか、一瞬理解できない。今まで自分は何をしていたのか。なぜここに白澤がいるのか。白澤はなぜ自分に口づけたのか。鬼灯の中に流れる、いつもは混じり合うことの無い神聖なる霊力はなんなのか。
 ちらりと見えた指先が、いつもの肌色を取り戻していた。けれどそれは肌色に戻るそばからまたどす黒く変色していく。
「ああ、でもこれだけじゃ駄目か……! ほんとお前何考えてんだよ」
 息を整えて、白澤が再び鬼灯の顔に自分の顔を近づける。唇を奪われる。再び身体に甘美なものが流れこんでくる。押しのけようとしたのに、抗うことができない。指先から力が抜け、白澤の白衣の裾を握りしめた。
 鬼灯を侵す白澤の舌に自分の舌を絡め、うっとりとそれを堪能し、吸い上げる。強く鼓動が跳ね上がったのが自分でもわかった。
 鬼灯は震えた。鳥肌が立つほどに全身が歓喜に打ち震えているのがわかった。
 待ちわびていたのはこれ。自分が何千年も欲していたのは、この瞬間。
 自分の中に鬼火ではない違うものが流れて行くのがわかる。自分が今まで属していた物とはまるで違う。溶かされていく。身体が熱くてたまらなくなる。思考ができない。抗えない快感のようなものに、飢えた獣のようにすらなりながら、鬼灯は一層それを求める。
 裾を握りしめていただけの指先が白澤の体をまさぐり、しがみつく。けれど、白澤の体をかき抱いて、そこではっと気が付いた。火照る自分の身体とは裏腹に、白澤の身体は冷えきっていた。
「――っ!」
 鬼灯は白澤を押しのけようとした。自分の中に流れてくる力がなんなのか、鬼灯は気付いた。これは白澤の一部。白澤の存在の源。それを今、尋常ではない量で白澤は鬼灯に与えていた。
「……っな、しな、さいっ!」
 鬼灯は抗った。抗って白澤を突き飛ばした。白澤が音を立てて寝台の脇に転げ落ちる。その様に、逆に鬼灯は愕然とした。全快とまではいかない。けれど手足を動かせる程度の力が身体に戻っていた。身体中を覆っていた痣も、指先や頬の一部から消えている。
「白澤さん、あなた、なんて、こと……」
 半分寝台の上で身を起こし、脇に倒れ込んだ白澤を見下ろす。白澤の顔色がひどく悪かった。もとより血色のそうよくはない顔は、青白いを通り越して今は土気色だ。そして何より、白澤のその指先に、鬼灯にあるのと同じどす黒いあざができていた。
「あなたは、馬鹿ですか!? これは病などではないんですよ!? 人間ならともかく、鬼の寿命を捻じ曲げようとするなんて……」
「お前が!」
 返ってきたのはいつにない鋭い声。鬼灯が思わず怯んでしまうほどの、見たこともないほどの剣幕。
「お前が、勝手に逝こうとするからだろ。お前が、金丹まで使って、自分で自分の寿命を捻じ曲げようとなんてしたからだろ。お前こそ、何やってんだよっ」
 ぜいと大きく荒く呼吸を繰り返し、白澤が鬼灯を睨む。
 鬼灯は完全に気押されていた。自分が白澤に気押されるなんて信じられないけれど、言葉を返すこともできない。こんなに真剣で切なげな白澤なんて見たこともない。この白澤に、鬼灯は抗えなかった。抗いたくなどなかった。
 鬼灯にできたのは、白澤から視線をそらすことだけ。そうしている間にも、白澤から与えられた力は一時しのぎにしかならず、鬼灯の中から急速に薄れて行く。息苦しさが蘇る。胸をかきむしる。
 いや、でもこれは死の淵からくる息苦しさのせいでは、ないのかもしれない。
「――っ」
 白澤が身を起こして再び鬼灯の身体の上に乗り上げる。その身体が半獣と化していることに気づく。本気で、この男は鬼灯にありったけの力を与える気なのだと悟った。
「嫌です、あなたの、口付けなど……」
「生娘じゃあるまいし、こんなもの人工呼吸と同じだろ」
「そうじゃ、なくて……っ」