二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

呪いと祝福、愛情と憎しみ

INDEX|3ページ/12ページ|

次のページ前のページ
 

 あれから一週間が過ぎた。
 痣は右胴体部と、背中へと広がりを見せていた。まだそれでも着物を脱がなければバレることはない範囲に留まっている。しかし、痣よりも漂い始めた腐臭の方を、どうにかしなければいけなくなった。
 鬼灯は、今まで使ったこともない香水に手を付けた。これで多少、紛らわせるだろう。
 一人で仕事をしていると、時折大王が心配そうに覗きにくる。その度にさっさと仕事をしろと追い返す。金棒が重たくて、この頃は書類の束で殴る方が増えてきた。
 幸い、仕事はまだ滞ってはいない。体のだるさは日増しに強まっているが、まだやらなければいけない仕事は多い。倒れる訳にはいかない。
 何年か前から、いざという時のために鬼灯は主だった仕事の大部分を部下に任せるようにしてきた。後任の候補に、これなら大丈夫だろうと思う人材も、何人かピックアップしてある。
 あとは閻魔大王の采配に委ねるしかない。いざとなればイザナミ様に復帰してもらうという手もある。おそらく、自分ごときがいなくなろうと、地獄は変わらない。
 それでもやはり名残惜しいのか、不安なのか。時間を見つけては地獄の中を歩く。片手には書類の束を抱えて、一つ一つ、不備はないか確認し、そこがどんな風景であったか、目に焼き付けるようにして。
 転生すれば、意味のないことだというのはわかっている。記憶は漂白され、ここで過ごした間の記憶など、一片も残らないはずだ。それでも、何故かそうしてしまうのは、やはりここが自分にとっての居場所だと思うからだろうか。
 等活地獄では、不喜処でシロたちと会った。いつも最初に見つけてくるのはやはりシロで、真っ白い尻尾を振って、喜んで駆けてくる。
 だが、会うなりシロはすんすんと鼻をひくつかせ、鬼灯の匂いを嗅ぎ回った。そして何か嗅ぎとったのか眉根を寄せて鬼灯を見上げた。
「鬼灯様、ヘンな匂いがするよ」
 流石、犬。柿助とルリオは何も分からず首を傾げるだけなのに、真っ先に気付いてしまう。
 シロの鼻をごまかすのは無理かもしれない。そう内心ひやひやしながら、それでも冷静を装って、香水をつけているからですよとはぐらかした。隣で柿助とルリオがヘンな匂いなんて失礼だろうと、シロをどつく。
「だって本当にヘンな匂いなんだもん。香水ってこんな匂いなの?」
 落ち着かなげにウロウロと鬼灯の周りを回ってまだ嗅ぎ続けるシロに、他の二匹が実力でやめさせようとしてもみくちゃになる。
 それを鬼灯が逆に引き剥がして、三匹ともそろって撫でてやれば、三匹ともが行儀良く鬼灯の前に並んで座った。
「シロさんにはちょっとキツすぎましたかね。でも、しばらくはこれをつけていなくてはいけないので、当分はあまり不喜処には立ち寄らないことにします」
 そう言えば、皆口々に不平を述べ始める。
「お前のせいだぞ、シロ」
「俺、本当のこと言っただけだもん」
 だからそれがだめなんだよとまた、三匹が言い争いを始めて、騒がしくなった。
 鬼灯はその光景につい微笑んで、立ち上がる。ぽかんと三匹が鬼灯を見上げた。
「仲良くしなきゃ駄目ですよ」
 きっとこれが不喜処の者達とは、一足早い永遠の別れになるだろう。口には出さず、鬼灯はそう決めて、等活地獄を後にした。
 それから向かったのは衆合地獄。白澤の姿をなぜか無意識に探していた。しかしあの万年発情期男に会うことはなく、代わりにというのは変だが、お香と出くわした。
 何気無く挨拶を交わし、別れようとしたところで、不意に指先から力が抜けて、ばらばらと書類を取り落とす。
 お香が、いいというのに拾い集めるのを手伝ってくれて、渡すときに、あら、と何か気づいたような顔をした。
 一瞬ギクリとしたが、体調に気づかれたわけではなかったらしい。
「あら、鬼灯様。いい香り。何のお花かしら。香水付け始められたんですか?」
 内心ほっとしながら書類を受け取る。
「ええ、知り合いに頂きまして。変だったでしょうか?」
「まさか。よくお似合いですよ。でも、あまりいい香りを漂わせて、うちの従業員を惑わせたりはしないでくださいね」
 冗談なのやら本気なのやら。それだけを言って、お香はそのまま何も気付かずに、立ち去った。
 もう一度鬼灯は、今度こそ一つほっとため息を付き、衆合地獄を後にしようとした。なのにその時、探せば見つからないのに、探していたはずの白澤が、よりによって鬼灯のため息を目撃していたことに気づく。
「いつから居たんですか」
「ついさっき。そこの女郎屋から出てきたの。なに、お前香水なんてつけ始めたの? 溜息までついちゃって。女でも捕まえる気?」
 ニヤニヤと笑みを浮かべながら、白澤が馴れ馴れしく肩を抱いてこようとする。その腕を、鬱陶しいと振り払おうとしたところで、ぐらりと身体が傾いだ。
「っ……!」
 咄嗟にバランスを取り直そうとしがみついたのが、白澤の腕。白澤は反射的に、よろめいた鬼灯を女性相手にするように、自然な動きで抱きとめた。鬼灯は、予想外にしっかりと抱きとめられて、そのまま白澤の腕の中で身動きができなくなった。
 きっと、条件反射だったのだろう。思いがけずしがみつかれる格好になって焦ったのは、向こうも同じだったらしい。我に返って、とっさの行動に後悔しているらしく、耳元で白澤の心音が乱れる。体もどんどん強張って、腕に妙に力がこもっていた。
 ほんの数瞬、鬼灯は白澤の胸に身を預けた。いつもだったら即座に投げ飛ばしていたのに、鬼灯は、白澤から身を引き剥がすことができなかった。
 身体が思うように動かなかったせいだと言い聞かせる。しかしそう思う傍で、白澤の腕の温もりに離れがたさがつのるのはなぜだろう。
「……。新手の、イヤがらせ?」
 白澤が、引きつった声で頭上から問いかける。その問いに、一層きつくしがみついて見せる。
「いっそあなたをここで押し倒して口付けの一つでもして見せれば、とてもいい嫌がらせにはなりそうですね。場所も場所ですし」
「お前がいうと冗談に聞こえないんだよ!」
 白澤が悲鳴をあげるように叫んで、鬼灯を力任せに引き剥がした。もはや鬼灯には、その動作に抗うほどの力もなく、大人しく引き剥がされるに任せる。ほんの少しだけ、名残惜しいと思ってしまったのは、正直な気持ち。
「ほんと、なんなのお前! 僕にはちっとも理解できないよ!」
 いつも通りの白澤の反応に、鬼灯は安堵すると同時に、悔しさにも似た思いがこみ上げた。
「それはこちらの台詞です。理解なんて、できないですよ」
 それは自嘲のようなものだっただろうか。鬼灯は盛大に皮肉を織り交ぜて、笑った。
 それからはいつも通り、白澤と口汚い罵りあいを繰り広げ、しかし都合よく衆合地獄で厄介な事件が起きて、殴る蹴るの争いに発展する前に、茶番は終いになった。

 衆合地獄の厄介事を片づけ、部屋に戻り、ようやく息をつく。襦袢を脱ぐと、痣はついに背中全体を覆い尽くしていた。けれど、何故か白澤に身を預けた右肩のあたりだけは、昨日までは確かにどす黒く変色していたはずだというのに、綺麗に切り取られたように、痣はなくなっていた。
 腐っても神獣。それも、医薬を司り、吉兆を示す者だからこその結果なのかもしれない。