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呪いと祝福、愛情と憎しみ

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 白澤が何かをしたという意図はないだろう。あんなに近く触れ合ったのに、あの男はちっとも気づいてはいなかった。憎らしいほどに、鈍感だ。こと鬼灯のことに関しては特にそう。どれほど鬼灯が白澤を想い、焦がれたとしても、あの男はまるで気づきもしない。
「いえ、そんな、別に、あんな男に、焦がれてなど……」
 焦がれていると思わず認めかけて、慌てて独りごちて、鬼灯はそれを否定しようとした。しかしどうあがいても否定できず、言葉も尻切れになって逆に羞恥する羽目になる。思いの外、この想いは根深かったらしい。
 それもそのはず。気がつけば白澤を探し、その姿がないと知れば、暇を見つけては会いに赴き、そして嫌がらせと称して戯れる。この千年あまり、そうやって愚かな逢瀬を重ねてきたのだから、根深くなどないはずがない。
 そもそも、白澤に惹かれるようになったのはいつなのか、それすらも鬼灯はもうわからなくなっていた。覚えているのは、幼心に目にした神獣姿の白澤を、ひどく美しいと思ったこと。それだけは確か。
 それでも、鬼灯が再び白澤とまみえ、言葉を交わして、その幼心の憧れは、脆くも崩れ去ったはずだった。だというのに、崩れ去った憧れは軽蔑ともつかない親しみに変わり、気がつけば焦がれていた。
 この想いに、気づいて欲しいとは、思わない。いや、気付かない白澤を鈍感だと詰るのに、これでは矛盾している。
 それでも、まさかこの自分がこんな思いを抱いて、あの憎たらしい獣に焦がれているなんて、自分ですら何千年も認められないままなのに、先にあんな輩に気づかれたくなどない。
 これが、恋と、呼ぶべきものなのかはわからない。白澤を自分のものにできるなど、微塵も思ってはいない。自分のものになどしてはいけないとも思う。白澤はあくまで神獣で、物の怪とはいえ常闇の鬼神などとは全く違う世界の生き物で、それにそもそも、鬼灯は、もうすぐこの世からいなくなるものでしか、ないのである。
 居なくなる。そう、居なくなる。消えて、存在しないものとなる。
 あの日、古株の鬼と別れた白澤は、腑抜けたように空を見つめていた。寂しいと、嘆いた。鬼灯が同じように消えたとしても、白澤は寂しいと嘆いてくれるだろうか。きっと、思わないだろう。何事もなかったように忘れ去るに違いない。
 その光景が、鬼灯にはひどく簡単に想像できた。そして同時に、それが悔しかった。白澤に、何としても一糸報いたい。そう、願った。あの男を、自分のものにできるわけもないのに、そうやって一泡吹かせて、自分という存在を焼き付けさせたくなる。あまりに矛盾していて、滑稽だ。
 けれどそれが自分の、ほんの少しだけ生き延びたい、本当の理由なのかもしれないと、今さらのように、鬼灯は気付いた。