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呪いと祝福、愛情と憎しみ

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 シロが部屋を出て行って、ようやく息をついた。
 身体は鉛のように重い。シロの頭を撫でることすら、体力をひどく消耗する。
「あと数日もすれば、なんともなくなる……」
 治る、などとばかげた嘘はつけなかった。何ともなくなる。それが精いっぱい。実際、この身体は持ってあと数日が限度だろう。最後には腐った身体が崩壊し、灰となる。そうすれば、何もなくなる。
 シロが鬼の最期を知らなくて良かったと、心から鬼灯は思っていた。シロが知っていたら、今頃ここは人であふれ返っている。最期は親しい者たちに看取ってもらいたいと言う鬼も少なくはないが、鬼灯はそんなことをしてもらいたくなどなかった。
 ただ、たった一人の顔だけが、目の前に浮かんでは消えて行く。
「白澤さんに一泡吹かせる、最期のチャンスだったかも、しれないんですけどね」
 シロが白澤を連れてくると言った時、正直鬼灯はひどく動揺した。あの男がこの場に来て、今の鬼灯の姿を目にしたらなんと言うのか。ざまを見ろと笑うだろうか。
 最期に目にするのが、あの男の軽薄な笑みだったなら。そう考えると、鬼灯には耐えられそうになかった。殴りたくても殴ることもできず、あの男に嘲笑われながら消えて行くのだとしたら。
 いくら白澤でも、そんな不謹慎な真似はしないだろう。むしろ、鬼灯はただ、見たくなかったのかもしれない。自分の消滅にすら、興味も持たず、忘れてしまうかもしれない白澤を。その辺の路傍の石や、数多くの白澤の女たちのように、取るに足らない存在であるかもしれない自分を、認めたくないのかもしれない。
「きっと、会わない方が、いい……」
 会わなければ、白澤が自分の存在を忘れる頃には、自分もこの世から消えて、白澤の存在など忘れていられるのだ。生前に未練を持つ者は、死んでもその未練にとりつかれ、その場に留まってしまう。だから、綺麗に全てを忘れられるように、自分もあんな男とは、最期の別れなど、しないほうがいい。
 けれど、なぜだろう。会わない方がいいと言葉に出した途端、頬をうっとうしい滴が伝う。
 白澤が好きだった。間違いなく、鬼灯は白澤に焦がれていた。光に包まれた美しい獣。恨みと憎しみに覆い尽くされた自分とはまるで違うもの。でも、触れ合えば触れ合うほど、そんなにアレはかけ離れたものでもないのだと知った。鬼灯にとって、気がつけば白澤は自分と等しく並び立つものになった。
 ずっと、共にありたいと思った。白澤を自分の物にしたいなどとおこがましいことは言わない。ただ、ずっと、同じ場所に立っていたかった。同じ場所で、同じ時に戯れ、憎まれ口を叩いて、そうやって白澤と同じ時を過ごしていたかったのに。
 なぜ、自分にはそれができないのだろう。それだけのことでしかないのに。なぜ、自分は白澤と別れなければいけないのか。
 別れたくなどなかった。
 白澤と、別れたくなど。
 強くそう思って、涙があふれた。
「はく、たく、さ……っ」
 手を伸ばす。天上に居る白澤に届けと言わんばかりに、残り少ない力を振り絞って、枯れ果てた腕を伸ばす。
「白澤、さん……」
 叫びだしそうだった。なぜ、自分は何も伝えなかったのか。せめて、最期に、白澤に伝えればよかったのに。ずっとずっと秘めていた、本当の気持ちを。
 シロは戻ってきてはくれないだろうか。閻魔大王は。
 白澤に会いたいと、誰か、伝えてはくれないだろうか。
 這いつくばって、最期の力で、あのバカに、会うことは、できないだろうか。
 でも、身を起こそうとした鬼灯を、息苦しさが襲った。呼吸ができず、心臓が破裂しそうなほどに鳴り響く。
「っ……、はっ……!」
 胸をかきむしる。苦しい。苦しくてたまらない。
 まさか、と鬼灯の脳裏をよぎった。急速に痣が残されていた白い肌をも覆い尽くしていく。
 あと数日は持つと思ったのに。
 これで消えるのだろうか。
 こんな形で、こんな別れ方をするのか。
 まだ伝えてもいない。まだ、本当に心から言っていない。自分の気持ちを、あの男に。
「会い、たい……。会いたいんです、白、澤……さん!」

――白澤さん
 突然、誰かに名前を呼ばれた気がして、白澤は振り返った。けれど、誰かが店を訪れたのかと視線を向けた店の入り口には、誰の影もない。
「桃タローくん、僕のこと呼んだ?」
 よく働く部下に問いかけてみても、桃太郎は呼んでなどいないと首を振る。そもそも、桃太郎は白澤のことを「白澤さん」等とは呼ばない。そう呼ぶのは、あの鬼だけ。
「まさか、アイツが僕のことあんな切羽詰まって呼ぶわけもないしなぁ」
 そもそも、鬼灯はつい先日、地獄で大きな人事異動を敢行して、現世に出張に行ってしまったのだと、嘆く小鬼たちから聞いていた。長期の出張と言うから、そう簡単に戻ってくるわけもない。
 白澤としてはいやな顔をしばらく見なくて済むと、清々していた所だった。
 鬼灯は、何かにつけ白澤に突っかかってきた。わざわざ徹夜で桃源郷の地下に穴を掘ったり、白澤が出てくるのを待ち構えて罠を張ったりまでしていた。正直、いったい何でそこまでするのか、白澤には理解できない。
 この間などは、衆合地獄のど真ん中で、白澤によろめいて抱きつく、なんてひどい嫌がらせまでしてきた。おかげであの後女の子たちが蜘蛛の子散らすように白澤から逃げ出したのは言わずもがな。一部の女子などは、「鬼灯様とならお似合いです。お幸せに!」なんて冗談ともつかない台詞まで残して去ってしまった。
 今度鬼灯に会ったなら、ここしばらくまともに女の子達と遊ぶこともできなくさせられた憂さを、思い切りぶつけてやろうと思っていたのに、今度はその鬼灯が現世に逃亡である。正直拍子抜けというか、肩すかしと言うか、とにかく白澤は不満だった。
 暇があれば鬼灯は意外なほどにちょくちょく桃源郷に顔を出していたから、なおさらそう思うのかもしれない。喧嘩する相手が居ないせいで力を持て余しているのだろうか。確かに、白澤にとって鬼灯は、本気で白澤に向かって来て、さらにはこちらも本気を出して返しても決して壊れることのない、稀有な存在ではあったのだ。
 しかし、力を持て余してイライラしていると言うのも違う。むしろやる気が出ない。物足りないと言うのが近いのかもしれない。それに、最後に鬼灯と会ってから、何かがもやもやと白澤の心の奥底にわだかまっている。
 鬼灯は衆合地獄で、倒れかかって白澤にしがみついた。その動きが、鬼灯にしてはあまりに力無く、自然であったかような気がした。おかげで身体が自然に動いて、鬼灯の身体を抱きとめてしまった。そしてその時同時に、なぜかアイツには似合わない儚さみたいなものを感じた。
 ふわりと漂った香水の、花の香りのせいだったのだろうか。どきりと白澤の中で芽生えるはずもないものが沸き上がった気がした。力を込めて抱きしめて、離したくないと、思ってしまった気がした。
 きっと気のせいだ。場所と状況と鬼灯が似合いもしない香りをまとわりつかせていたせい。いつも通りいやがらせかと問いかければ、アイツもそうだと返した。だから、あれはただの気のせい。