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仁義なきバレンタイン

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 あの格好だけでも珍妙で奇天烈で、それだけで何となく降格ものといった雰囲気があったが…そうか…匍匐前進か…。それはさぞかし怖かったことだろう…暗闇の中でうごめく、なんだかわからない生き物が相手では。
 ハボックとブレダは遠い目をして、渇いた笑いを浮かべた。一瞬、本気でなんと言ったらいいのかわからなかった。
「…ごめんな?」
 ややあって、すまなそうにハボックが口にした。彼が謝る義理などひとつもないのだが…そんなことを言っても始まらない。
「別に…、少尉は悪くないじゃん」
 素直に謝罪すれば、エドはばつが悪そうな顔をしてそっぽを向いた。その耳元が微かに赤いように見え、ハボックはこそりとブレダと目を合わせる。実に素直で、可愛らしい。…これでは弟みたいに思えてもしょうがないだろう。
「…それで、あの。大体解ったといえば解ったんですけど、なんで倉庫とトラックが年中行事なんです?」
 そんな素直でないのが可愛い兄の隣で、素直とは言え底知れぬ度量の持ち主である少年が小首を傾げて尋ねてきた。
「ん?ああ、あれな。それがなー、とにかく、大佐と中尉に送られてくるチョコの量が半端じゃなくてなー!」
 ハハハ、と微妙に渇いた笑い方でハボックは言う。
「…今のところ、どっちも三tトラックもう何台来てるか…とりあえずお互い五台は超えてんだろうな」
 ふ…、と虚ろに笑いながら言うのはブレダ。
「―――…十五t以上…?それって…一tが千キロだから…」
「言うな、エド。…それ以上は言っちゃなんねぇ…」
 目を細めた渋い顔で、ブレダは片手まで上げてエドを制した。
「おまえも男なら、その先は言っちゃなんねぇ。ブシの情けだ」
「………」
 厳かに遮られ、エドは渋々口をつぐんだ。場が持たないので紅茶に口をつける。温くなっていた。
「ああ、つまり」
 しかし、エルリック弟にブレダの男心講釈はあまり通じていなかったらしい。止める間もなく、彼は快心の一撃を繰り出したのだ。
「少尉達は、あんまりもらえない方の人たちなんですね?」
 ―――全く、真実を告げることほど効く攻撃は、世の中にはあんまり存在しないものだ。
 「タイミングよく」バレンタイン直前に振られてしまったハボック少尉の純情な男心は、純真な一言の前に脆くも崩れ去ったのだった。

 その後、戦友ブレダに手を引かれるくらいしょげ返った様子のハボックは去っていき、兄弟は食堂に残された。…お菓子と共に。それを見れば、あのしょげ返った様子もただのポーズかもしれない。実際、彼らは兄弟の前では随分と気のいい青年達なのだ。いや、青年という年でも外見でもないかもしれないけれど。
「…バレンタイン、ねぇ…」
 眉間に皺を寄せ、エドは呟いた。
 いや、なんだか、やっぱり納得いかない。話を聞けば聞くほど、先ほどのロイの匍匐前進はただの奇行だ。本人は胸を張って特訓だ、と言っていたが。

 そもそも何の特訓なんだ、何の。
 あんなことをしてもらうチョコの量が増えるなんてありえないだろうが。

 さらにエドの眉間の皺は深さを増した。
「ねぇ、兄さん」
「…?なんだよ、アル」
「兄さんもチョコあげない?」
 ふふふ、と今にも笑い出しそうな平和な空気を漂わせながら、アルが言う。一瞬、あまりにも普段と変わらないので頷きそうになってしまったエドだが…、頷けるはずもない。
「はっ?!な、なんでだよ!」
「なんでって…ブレダ少尉も言ってたじゃないか。お世話になってる人に感謝を表して、って」
 極不思議そうにアルは首を捻った。
「え、な、…オレはあいつに世話になってなんかいないぞ?!」
 そんな弟と対照的に、エドは焦って言い返す。だが、この言葉にアルは一瞬黙り込んだ。
「…な、なんだよ?」
 にやり。
 …なんとなく、弟が笑ったような気がした。
 居心地悪いものを感じて、きもち、エドは椅子の上で後ずさる。
「兄さん?」
 もったいぶったようなその口調に、エドは思わず身構える。しかし、対ショック姿勢を取ったところでどれだけ効果があるだろうか。
「―――ボク、大佐にあげようなんて、一度も言ってないんだけど?」
「―――…っ!」
 言われた瞬間、エドは目を大きく見開いた。そして、瞬く間にその頬が赤くなっていく。
 …まったく、アルの言う通りだった。確かに彼は、「大佐に」あげよう、とは一言も言っていなかった。ただ、「エドが」そう思ってしまった、というだけで。
「な、あ、そ、…だっておまえ!さっきまでの話聞いてたら!」
「うん、でもね…そうか…兄さんはそんなに大佐のことが気になるんだね」
 歌うようにアルは言った。兄をからかっているのだ。こればかりは、身内だからこそ出来ることだろう。
「じゃあ、兄さんは大佐にあげたら?」
「…、誰がやるか!髪の毛一本だって勿体無い!」
「…髪の毛?なんか…」
「なんだよ」
「………。…ううん?何でもないよ?」
 憤然と言い放った兄に、どこか含んだ調子でアルが首を捻ったが…、どうやら彼はその理由を教える気はさらさらないらしい。そこはそれ、こちらもやはり身内のことで、エドも弟から聞きだすのは早々に諦めた。弟の意外な頑固さなら、多分自分が一番知っているのだから。
なので、逆に質問を。
「…おまえ、誰にあげようってんだよ?」
 ぽつりと、…いや、拗ねたような口調でエドは問う。それには特に慌てた様子もなく、ああ、そのこと、とアルは全く変わりない。
「中尉」
「………………………………………………………………」
「兄さん?」
「……、いや…なんでもない」
 難しい顔をして黙り込む兄を、のんびりとアルは見下ろした。まあ、大体考えている事は判る。大方、「弟は年上趣味なのか」とかそんなことだろう。何というか、わかりやすい性格をしているから…見当をつけるのは、そう難解なことでもないのだ。
「兄さん」
「…ん?」
「じゃあ、チョコはボクが用意しておいてあげるからさ。兄さんは大佐にあげたらいいよ」
「…!!だから、やんないって…!!」
 がたんと椅子を立ち上がってまで否定する兄に、鎧の少年は首を捻った。楽しそうに。
「だめだよ。だってボクらふたりいるんだから」
「…?」
「さっき言ってたじゃないか。中尉と大佐が競るって」
「………?」
「だったら、どっちにもいっこずつあげないと、不公平だろ?」
 アルは和やかにそう言った。エドは…そうなのかな?、と疑問を残した顔で弟を見遣る。何となく、それは違うような気がするのだが…だが何が違うのかといわれても、説明できる自信がない。
「ね。兄さん。そうしよう?決まりね」
 が、エドが困惑している間に、アルは…しっかり者の弟は、とっとと決定してしまったのであった。


 じゃあボクは準備があるから―――と弟に見捨てられてしまったエドは、渋々といった様子で大佐の執務室までを歩く。
作品名:仁義なきバレンタイン 作家名:スサ