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年上の男の子

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 少年はくすりと笑って、ちょん、とロイの眉間をつついた。突然の近しい仕草に、ロイこそ言葉を失う。
「ちょっと皺よってんの。…オレ相手に緊張すんなよ?」
 ロイはいくらか憮然とした顔をして。それから、黙ってエドの小さな手を捕まえた。
「大佐?」
 しかしエドにはちっとも焦った様子がない。確かにこんな場所で明るいうちから不埒な行いを仕掛けるわけにも行くまいが(そんなことをした日には命が幾つあっても足りないだろう。ロイは自分の副官をけして過小評価していなかった)、それにしたってもう少し緊張してくれてもいいだろうに…。
 愛らしくも小首を傾げて、エドは自分を呼んだ。
「…たーいさ」
 自分はどんな顔をしているのだろう。エドはくすくす笑っている。そして冗談めかして呼ぶと、残った手でロイの目の脇から頬を通り、顎までをつるりと撫でてきた。
「…拗ねるなよ。…ごめんて」
 な、とエドは言う。その目は優しくて、無意識のもののようだった。こんな目を無条件で向けられるアルがまたしても羨ましく思え、ロイはますます目を細めた。
「…大佐」
 そんな顔をして見せれば、今度はエドは溜息をつく。そして、やはり「しょうがない」という様子で顔を寄せてきた。片手で前髪を掻き分け、あいた額にちゅっとひとつ。
「…はが…」
「ほら。そんな顔すんな。大佐はもうおにいちゃんなんだから。な?」
 エドは屈託のない笑顔を浮かべると、駄目押しとばかり反対側に小首を傾げた。その台詞は、まるで迷子を宥めるかのようなものだった。
「…………」
 がくり、とロイは顔と肩を落とした。そのままエドの膝に顔を埋め、盛大に溜息をついてやると、わしゃわしゃと頭を撫でてくれた。
 ―――前途多難、であった。
 何といっても、頭を撫でられるのが心地良くて満足しそうな自分が目下最大の敵かもしれないわけだが。

 それからまた、一時間ほどが経過した。
「……」
 ちらり。今度は、エドがこそりとロイをうかがった。相手はこちらには気づいていないようで、数枚の書類を前に難しそうな顔をしている。時々ペンの尻でぐりぐりと紙を押していたりもする。…悩ましい内容なのに違いない。
「………」
 エドは身長にほとんどすべてのコンプレックスが費やされているので、実は身長以外のことに関しては案外寛容であった。
 ふむ、とロイの顔を見る。今はデスクに広げた紙面を見ているせいで伏目がちなため、その顔つきは随分と理知的に見えた。昂然と逸らした時には、その溢れる自信で理知よりも覇気が勝って感じられるものだが。
 まあ、悪くはない顔だ。年もまあ、そんなに行っていない。のだろう。少なくとも、佐官、しかも大佐の位に上るには随分若いはず。確かに自分と比べたら大分上だが、それはエドが若すぎるのだからしようがない。
 きっと金も持っているんだろうし、権力だってそれなりにはあるだろう。階級は佐官でも、地位としては司令官なのだから。その若さで一方面司令部が任されているのなら、実際たいしたものではある。名目上は将官を戴いているにしてもだ。それに、独身だから金払いもいいだろう。加えてどうせ本当は遊ぶ時間のないことを知っている。相当貯めこんでるんじゃないか、とエドは考える。
 そういうことを総合すれば、確かにこの男はもてるだろう、と結論を下した。
 ―――なのに。
「………わからん…」
 気付けば、エドはぽつりと呟いていた。
「鋼の?何か言ったか?」
 そうするとロイはきちんとその声を拾って、敏感に顔を上げた。耳聡い男だ。
「…なんでもねー」
「何か不明な点があったかね?あ、もう一時間経ったじゃないか!休憩を取ろうかな…」
「人にかこつけてさぼるんじゃねぇ」
 ぴしり、とエドは斬って捨てた。ロイは情けない顔をする。
「だいたい、それにケリついてねーんだろ」
「それ…?どれ?」
「さっきからあんたがにらめっこしてるその書類!」
 ロイは、きょと、と数度瞬きした。それから、ぷ、と小さく噴出す。
「…んだよ」
「あ、いや、その。…別にこれを見て悩んでいたわけじゃないんだ…」
 語尾が小さくすぼまっていく。それに比例して、エドの目が細くなっていく。
「…ほぅ」
「鋼のは食べ物は何が好きかなとか、今夜夕食に誘ったら怒られるかなとか、アルフォンス君も連れて行けるところがいいなとか、個室があるところがいいなとか、でも食事の後は彼には悪いけど二人になれる時間も欲しいなとか、鋼のの足はいつ治るかなとか、夜湿布張り替えてあげたいなとか…」
 パン、と乾いた音が一つ。
 ジャキン!と鋭い音がそれに続く。
「…ミンチでいいか?」
 エドは、己の機械鎧の腕の一部を刃に変えて、氷点下の声で問い掛けた。
「は、鋼のっ!危ないじゃないかっ」
「うるせぇ!」
 さすがに慌てたロイだったが、エドは容赦がない。問答無用、とばかり、ロイに凄みを利かせている。
「…真面目にやれ」
「…はい」
 凄まれ、ロイは肩を落とした。
 エドはそんな姿にこっそりと溜息をつく。…まったく、この男ときたら。
 …本当にわからなかった。
 そもそも、なぜ彼がエドを好きになったのか、ということが。
「…オレの好物はシチューだ」
 気まずくなった空気をぶちやぶったのは、エドの方だった。これにはロイも目を丸くする。勿論答えの内容ではなく、さっきのたわごとに回答があったことに驚いたわけだが。
「…味にはちょっとうるさいぜ」
 そっけなく言って、彼はぷいとそっぽを向いた。
「…善処するよ」
 そんな少年に、大佐はくすりと笑って声をかけた。

 それからロイは真面目に仕事をして。
 実際、本来の彼の職分とはこんなデスクワークではないのだ。事件の一つも起こらない限り、彼まで回ってくるような書類など本当はさほどないのである。
 だがそれだけに、彼でなければならないものばかりだ、ともいえるわけだが。
 まあとにかく、彼は真面目にやった。おかげで、夕飯には鋼の兄弟を招くことが出来た。時間的にも早かったので、どこかに行くよりも、と彼らが指定してきたのはロイの自宅で。そこへ材料を買っていくから、厨房を貸せとエドは言って来た。
 ロイの腕に期待していないのだと思われた。

 その晩はキャンプのように三人で料理をして。
 牛乳をどれくらい入れるかでひと悶着して。
 まあ出来上がったものはそれほどうまいというものでもなかったが、食べられない程ではなくて。
 大いに笑って、楽しい夕食をとったのだった。昨夜下らない言い争いをしていたくせに、アルもロイも普通どころか普通より親しげに会話をしたりしていて…。
 エドは、だから余計に嬉しかった。
 ―――弟は彼のアキレス腱だ。

「…眠ってしまったみたいだね」
 嘆息混じりに呟くと、鎧がくすりと笑った。実に可愛らしく。
「今は大人しいけど、もう少ししたらおなかだしちゃうと思います」
「…それでは風邪をひくね」
 食事をした後、ソファでうとうとしている間に、エドは寝入ってしまっていた。そこにころんと丸まって寝る姿は動物の子供のようだった。
 覗きこみながら、ロイとアルはくすくす笑いあう。
「…起こすのが可哀相だな…もう少し寝かせても?」
作品名:年上の男の子 作家名:スサ