コンビニ店員の俺と本田さんと各国の人々。1~21まとめ
羊羹戦争
羊羹戦争とは、うさぎさんとハンバーガー君の間で勃発したどうしようもない羊羹を巡る争いのことである。
さて、この羊羹戦争のことの発端は、うさぎさんが羊羹にハマッてしまったことから始まる。
その日、夏の暑さが漸くマシになってきた九月も中旬。バイト先に顔を出したうさぎさんが新しいスイーツにチャレンジしたいと言うので、たまたま品出し中で手にしていた50円で売っている小さい羊羹を勧めた。
「…ナニコレ?何て読むんだ?…ひつじ?羊使ってんのか?」
羊の字は簡単で読めるが、画数が多い羹の字は読めなかったらしい。うさぎさんが首を傾けた。
「ヨウカンと読みます」
「ヨーカン?…で、羊が入ってんの?」
「羊は入ってないですよ。簡単に言うと、あんこがバーになった感じ。…硬いあんこゼリーって感じです」
「あんこバーか。それなら、食えそうだ。食ってみる」
うさぎさんは一個だけそれを買っていった。…そして、30分後、再び、店にやってきたうさぎさんはあるだけの羊羹を購入して帰っていた。口にあったらしい。俺は書きかけの発注書に羊羹を記入した。
その日から、うさぎさんに羊羹ブームが到来し、ありとあらゆる羊羹を、羊羹食べ歩きではないが、本田さんに頼んでお取り寄せまで始めたらしい。
「羊羹はこし餡に限るぜ!」
と、通なことを言い始めるまでになっていた。そんなある日、親父がお得意様から頂いたと杉箱入の虎屋の高級羊羹三本入りを持って帰ってきた。…のだが、我が家の家族はじいちゃん筆頭に洋菓子派。和菓子を好んで食べるのは俺だけという感じなので、扱いに困った。そこで、ピコンと思い浮かんだのがうさぎさんの顔だった。
「親父、この羊羹、ギルベルトさんにあげていい?」
夕飯の席でそう切り出せば、親父は構わないと頷いた。
「構わないが。ギルベルトさんは食べられるのかい?」
「今、空前絶後の羊羹ブームで本田さんに色々、お取り寄せしてもらってるくらい好きみたい」
「外人さんでも羊羹好きな人がいるのねぇ。私はあの甘さが駄目なのよねぇ」
母さんがのんびりと口を開く。そして、高級羊羹は満場一致でうさぎさんに贈呈されることになった。
「これ、頂き物なんですが、良かったらどうぞ」
バイト先に羊羹を買いに来たうさぎさんに差し出す。虎屋の黒い紙袋を見たうさぎさんは顔色を変えた。
「コレ、と、虎屋の羊羹か?」
「そうです。親父がお得意様からもらってきたんですけど、ウチじゃ食べる人がいなくて」
「ほ、本当にいいのか?」
「いいですよ」
「本当にいいんんだな。返せって言っても、返さないからな?」
「そんなこと言いませんよ」
後から知ったのだが、その羊羹は一棹五千円以上もする大棹羊羹だった。その羊羹をうさぎさんは大事にちょっとづつ本田さんと楽しみながら食べていたらしい。そして、最後の一棹をおやつの時間に食べようと、戸棚を開けたらなくなっていて、その残りの大事な一棹をハンバーガー君がむしゃむしゃとチョコバーを貪るが如く、食べているのを見たうさぎさんは大激怒。
「貴様、俺様の羊羹、誰の許可得て勝手に食ってんだよ!」
「許可なんて必要なのかい?名前、書いてなかったじゃないか?」
「イチイチ、名前なんて書かなくても解るだろうが!この羊羹、一棹、五千円以上するんだぞ!それを味わいもせずにむしゃむしゃと…」
「ふーん。値段の割にはあんまり美味しくないんだぞ」
「なんだと?!このクソッタレ味音痴が!」
「そっちの方こそ味音痴なんじゃないかい?美味しくないよ、コレ」
「…この繊細な味も解らねぇ味音痴の分際でひとのものを勝手に食った挙句、謝りもしねぇとは、いい根性してんじゃねぇか!許さねぇ!表に出ろ!このメタボ野郎!!その卑しい性根、俺様が叩きなおしてやるぜ!!」
「直して貰う必要なんてないんだぞ!!」
取っ組み合いの喧嘩になるところをどうにかこうにか押しとどめ、サバイバルゲームで思う存分暴れて決着をつければいいじゃないですかと、本田さんがオタク仲間に掛け合い、場所と装備を揃えてくれたのだ。……ってか、この言い争いがこの戦争の火蓋を切って落とした訳で。その戦争に俺も巻き込まれ、何でか山の中。迷彩服にゴーグル。玩具のマシンガン手にサバイバルゲーム。俺の他に巻き込まれたのはその場に居た本田さん、ムキムキさん、眉毛さん、髭さん。そして、陣営分けはうさぎさん陣営、ムキムキさん、俺。ハンバーガー君陣営眉毛さん、髭さんになった。髭さんは最後まで「嫌だ!ギルベルトとルートヴィッヒ相手とかマジで嫌!!お兄さん、死んじゃう!」とゴネていたが、無理矢理の参加になった。気の毒としか言いようがない。俺も巻き込まれたくなかったのだが、成り行きで参加せざる得なくなった。本田さんは巧いこと逃げて、中立でこのサバゲーの審判兼救護班になっていた。そして、準備期間として間に一週間時間を置くことになったのだが、その間が俺にとって地獄だった
「…何でこんな事になったんだけ?」
マシンガンの撃ち方、匍匐前進の仕方、その他諸々を一週間で出来るわけ無いだろ。運動は嫌いじゃないが、これはキツイ。訓練と称して、扱かれまくり、体はもう悲鳴を上げている。食欲も失せてグロッキーな有様で筋肉痛でゾンビカクカクロボット化しつつ、仕事するハメになった。常連客からは、「どうしたの?」って有難い心配をされまくった。羊羹でこんな迷惑を被ることになると解っていたら、俺が全部食ってしまえば良かった。…と言うか、食べ物の恨みマジ、怖い。
『それでは、羊羹戦争を始めます。制限時間は日没まで。陣営内のフラッグを奪取で終了、チーム員が全てアウトになった時点で終了、日没で即終了とします。それでは、始めます』
拡声器から本田さんの声。運動会の徒競走の始まりよろしく、ピストルの発砲音。…そんな感じで、この羊羹戦争は始まった。
「ま、相手がメタボとアーサーと髭なら、ちょろいもんだぜ」
始まりの合図を耳にし、ニヤリとうさぎさんが笑う。心なしかすげぇいつも以上にテンション高く、ウキウキしている。
「…兄さん、そんなことを言ってると足を掬われるぞ」
そんなうさぎさんとは反対にムキムキさんは沈着冷静。…しかし、むっちゃ、自前の軍服似合ってて、気合は入ってるし洒落にならない。
「ハッ、俺様を誰だと思ってやがる?あいつらに負けるほど、耄碌してねぇぜ!」
…そういや、うさぎさんって軍国だったけと長い間平和主義にどっぷりと頭の先まで浸かってきた俺は思い出す。
「…それで、作戦はどうするんですか?俺、こういうの初めてなんで、全く、役に立たないと思いますけど」
二人の会話に口を挟む。
「前線には俺らが出る。ま、慣れてるしな。お前は陣地でフラグ守ってればいいぜ」
「…はぁ。敵が潜入してきたらどうすればいいんですか?」
「入って来させねぇよ。でもまあ、侵入者があった場合は撃て。一応、遊びだからな、頭は狙うなよ。もし、自分に着弾した場合は「ヒット」って大声で叫んで伏せて、その場で待機だ。後、どんなことがあってもゴーグルは絶対に外すな。枝や粉塵で目を痛めたり、下手して弾が当たったら失明するからな」
作品名:コンビニ店員の俺と本田さんと各国の人々。1~21まとめ 作家名:冬故