コンビニ店員の俺と本田さんと各国の人々。1~21まとめ
朝ごはんの話。
今日は、本田さんに朝飯をご馳走になった話をしたいと思う。
あれは確か、梅雨入りする前のカラッと晴れた五月の半ばのことだったと思う。バイトが終わる間際、早起きの本田さんがいつものように雑誌を買いに来て、
「バイト、もうすぐ終わりでしょう。良かったら、うちで朝ごはんを食べて行きませんか?ギルベルトさんとルートヴィッヒさんもいらしてるんですよ」
と、言った。
「じゃあ、お言葉に甘えて、お邪魔します」
「では、お待ちしていますね」
いつもなら、帰って飯も食わずに大学の講義に間に合う時間まで寝ているのだが、その日の午前中は教授が学会で休講になっていたので、本田さんのお言葉に甘えることにした。
本田さんの料理の腕はそんじょそこいらの主婦に引けをとらない。所謂、おふくろの味って感じの家庭料理。フランシスさんの作る飾った料理には劣るけれど、何だかホッとする、毎日食べたい味だ。…本田さんが男じゃなくて、国でもなかったら、真剣に、本田さんを嫁にしたいと思うくらいに、胃袋を掴まれる味だと思う。肉じゃがとか、筑前煮とか味が染みてて最高だし、季節の素材を使った筍ご飯とか、山菜おこわとか、菜の花の煮浸とか本当に美味しい。料理の味付けは基本薄味だが、本田さん、冷奴とかにあり得ないくらいの濃口醤油をかけたり、沢庵丸ごと一品食べたり、鮭の塩焼きに粉吹くくらいに塩をかけているので、高血圧が心配になる。一度、それが原因でルートヴィッヒさんに本田さんは塩禁止令を言い渡されたらしいけれど…。
そんな本田さんの料理の中でも、俺が一、二を争うぐらい好きなのが、鰹節で出汁をとった味噌汁、卵焼き(子供の頃の遠足の弁当に入っていた懐かしい味のする甘い卵焼き)が本田さんの作る料理の中で俺が好きなメニューだ。
(…お腹空いたな…)
本田さんの旅館定番の品数の多い朝ごはんに期待が膨らんで、腹が鳴る。ジリジリと時間が過ぎるのを待って、漸く終了時刻になり、交代で入ってきたバイト仲間に簡単な引き継ぎをして、店を出る。外は既に明るく、雀の鳴く声がする。ぐっと背伸びをして、俺は本田さん家に向かった。
玄関を訪ね、インターホンを押すと、バタバタと足音を立てて、うさぎさんが俺を出迎えた。
「Guter Morgen!久しぶりだな」
「おはようございます。ギルベルトさんは朝から元気ですね」
「ま、な。ポチの散歩に行って来たばっかだしな。…あ、もうすぐ、飯だぞ。あがれ!」
「お邪魔します」
玄関を上がって、茶の間へと入る。茶の間の奥が台所で、その台所にムキムキさんと本田さんが見えた。
「お邪魔します、本田さん。ルートヴィッヒさん、おはようございます。お久しぶりです」
「いらっしゃい。もうすぐ出来ますよ」
「Guter Morgen 久しぶりだな。手を洗ってくるといい。兄さんも」
振り返ったふたりにそう言われて、俺とうさぎさんは洗面所に向かった。
食卓には、立派な朝ごはんが並んでいた。ほかほかの白米に卵焼き、ほうれん草のおひたし、煮豆、人参と大根の浅漬け、鯵のひらきに味噌汁。味噌汁の具は菜っ葉とうすあげだ。
「いただきます」
手を合わせて、箸を取る。味噌汁を一口啜れば、空きっ腹にしみじみと沁みた。
「あー、俺、菜っ葉とうすあげの味噌汁好きなんですよね。一番は里芋と菜っ葉ですけど」
「おや、奇遇ですね。私も好きですよ。里芋と菜っ葉」
「あー?味噌汁には、じゃがいも一択だろーが!サトイモは何か、ぬるぬるしてて、俺は好きじゃねぇ」
「そうか。とろみが美味いと思うが。俺は小松菜と豆腐もいいと思う」
味噌汁の具に話が弾む。
「あのとろみが美味いのに。俺、大根を千切りにして、卵落としたやつとかも好きですよ」
「あれ、美味しいですよね。私はかぼちゃの味噌汁も好きです」
「かぼちゃ、美味いですよね。今は変わり種で、トマトの味噌汁とかあるみたいですね」
「美味しいんですかねぇ?トマトは普通に塩かけて食べるほうが美味しいと思うんですが」
本田さんが言う。俺もそう思う。でもまあ、ミネストローネとかあるしなぁ。食ったことないけど。
「俺はトマトは生食一択ですね。加熱したトマトって、じゅくじゅくになるじゃないですか。ケチャップは平気ですけど、ホールトマトは食えないんですよね」
「ホールトマトは料理次第では美味しいものになりますよ」
「ああ。トマト料理は、アントーニョに作らせれば美味いものを作ってくれると思うぞ」
「へぇ。じゃあ、アントーニョさんが来日した時に、材料買ってきて頼んでみようかな」
「いいな。トマトパーティしようぜ」
「いいですねぇ」
味噌汁の具の話をしていたのに、(振ったのは俺だが)何故か、トマトの話題で盛り上がる。
「そう言えば、卵焼き、俺、甘いものだとばかり思ってたら、家によって違ってたみたいで、大学の友人とおかず交換した時に食べた卵焼きが塩味で軽くカルチャーショック受けたんですよね。美味しかったんですけど」
卵焼きを口にする。中がとろりとした甘め目の懐かしい味がした。
「卵焼きは甘いもんじゃねぇのか?」
卵焼きを咀嚼し、うさぎさんが訊ねる。
「塩味もありますよ。甘いおかずが多い時は塩味にしますし、しょっぱ目のおかずの時は甘めに作りますねぇ」
それに、本田さんが答える。
「なるほどな。口直しみたいなものか」
「そうですね。後、変わり種でニラを刻んで入れたり、カニカマを巻いたり、ベーコンを挟んだり、スライスチーズをいれたりとかもありますねぇ」
「それ、食ってみてぇ。今度、作れよ」
「いいですよ」
そんな会話をしながらも、箸はよどみなく動く。うさぎさんの箸使いは完璧で、普通は食いづらいだろうアジの開きを上手に解体して、食べていた。ムキムキさんも少々、ぎこちないものの上手に箸を使っている。それを見て、純粋にすごいなぁと、魚を食べるのが下手な俺は思う。…下手なりに何とかきれいに身を削いで食す。このアジの開き、本田さんの手製らしい。塩加減が丁度いい。
「ドイツの朝ごはんって、どんな感じ何ですか?」
基本はパンだろうが、訊いてみる。
「…そうだな、ウチは朝早くにパン屋が開店するから、犬の散歩がてら、兄さんが焼きたてのパンを買いに行くことになってる。パンはブロートヒェンと呼ばれるプチパンか、黒パン、兄さんの好きなライ麦パンが多いな。それに、リヨナーソーセージの薄切り風や、サラミ、モモハム、生ハム、ナッツやキノコが入ったソーセージ、コンビーフやスパム系のもの、アスピック、レバーペーストを、チーズはゴーダチーズ、白カビチーズ乗せて食べるか、自家製のジャムを数種類、蜂蜜を出して、好きなように食べているな」
ムキムキさんがお茶を注ぎながら答えてくれる。
「ルートヴィッヒさんのところのパンはどれも美味しいですよ。黒パンはちょっと固くて酸味がありますが、チーズやハムを乗せて食べると中々、美味ですよ」
「へぇ。黒パンって、ハイジに出て来たパンですよね。溶かしたチーズを乗ってけて食べてるのが美味しそうで、いつか、やってみたいなぁ」
作品名:コンビニ店員の俺と本田さんと各国の人々。1~21まとめ 作家名:冬故