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太陽と月と星(後)

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「エルガーの特産は、オルゲルと呼ばれる音の出る箱だそうだ。…よく、女性への土産物として買い求められると聞いたことがある。…いい工房を、探しておいてくれたら嬉しいんだが」
「は…?」
 リザは開いた口がふさがらない。
「…それでは。任務、頼んだ」
 それ以上はロイは語らず、今度こそ大股に歩いていってしまった。しばらく無言でそれを見送っていたリザとダルトン中尉だが、…ややして、気が抜けたように肩を緩めた上司に中尉は気付く。そして。
「…まったく、お熱いこと」
 冗談めかして呟いた少佐から怒りの気配は消えていて、どころか楽しげでさえあったから、ダルトン中尉はほっと息を吐いた。


 副官を見送り、ロイはすぐに、残った部下と通訳と打合せを始めた。
「…ターゲットが収監されているリンデン収容所まではおよそ二十キロ。現在、看守他警備の人間を合わせて、百名前後の人間がそこにいる。このうち三割がアエルゴの刑事関連の人間」
 ロイ自ら確認事項を読み上げつつ、錬金術で用意したボードに簡単にメモしていく。
「ムスタファ・ケマルはリンデンの最も奥にいる。リンデンの周囲の地形は砂漠。遮蔽物はほぼない、接近すればあちらからの攻撃は必至だ」
 息を飲んだような空気が流れたが、ロイはあえてそれを無視した。
「我々がこの国に駐留できる期限はあと四日と半分くらいだ。その間に、彼をリンデンから救出し、我々との取引に応じてもらう」
 ロイはそこで、口角を吊り上げる不敵な笑い方をして見せた。
「私が突破口を作る」
 文字通りの突破口。
 紅蓮の焔に、リンデンの牢壁は焼かれ、破られるのだろう。
「…はっきりと言おう。これは危険な賭けだ」
 静かな声の後に、ロイは目に力をこめて部下達を睥睨し、どん、とボードを叩いた。
「だが。ここが正念場だ、諸君!」
 腹の底からの声だった。恫喝にも聞こえるような、しかし、それは明らかな鼓舞だ。兵達の目に熱が篭るのを確かめながら、ロイは言う。
「何が何でもリンデンを陥とす!」
 どよめきのような、うねりが生まれた。
「…ここで踏ん張れば、大手を振って国に帰ることが出来る。いいか!我々は、勝って帰るぞ!」


 リンデンからおよそ五キロというところまで、一行は行軍を進めた。
 移動前のキャンプは寂れてはいたものの普通の街の様子だったが、リンデンに近づくに連れ、あたりの景色はどんどん殺風景になっていった。
 あるものといえば、砂と岩とそして青空だけだ。
 昼間は酷暑、夜は極寒にかわるその土地に、目指す砦はあった。
 ムスタファ・ケマル・ユースフが、果たして本当にロイやアメストリスの人間の要求に応えてくれるかどうかは、わからない。そもそも彼に、イブン・イスマイルと敵対する意思があるのかさえ、わからないのだ。
 だが、それでも。
 それでも、動いてもらわなくては困る。そうでなくては、ロイは、彼を待っていてくれるはずのあの金色の少女の許に帰れない。親友が心を残していったあの母子の生活さえ、脅かすことになるかもしれない。
「…おまえはやっぱりすごい奴だ、ヒューズ」
 フードの奥から砂の彼方を見晴るかしながら、ぽつりとロイは呟いた。
 今思えばまるで生き急いでいたかのように、彼は家族を深く篤く愛していた。彼の気持ちがわかるとはまだ言えないかもしれない。だが、もしも今彼が生きていたのなら、今の自分の気持ちのありようを、話してみたいと思った。
 生来陽気だった彼はきっとからかうだろうが、最後には目を細めておめでとうと言ってくれる気がする。
 エドワードに会いたいと、不意に強く思った。ヒューズの話をしたかった。自分達がどんな悪友だったか、どれだけ信頼していたか。それを聞いた時エドワードはきっと、いい友達だったんだなと言ってくれる気がする。いや。エドワードにそう言ってほしかった。
 もう、国を出て半年以上経つ。
 彼女はどうしているだろうかと、思った。



 リザは南方司令部に到着する以前に、既に、手前の支部から電話を入れ、即時戦時体制にて連隊、無理なら大隊を編成するようにと指示を出してあった。佐官からの指示に当初司令部は面食らったようだが、ロイが出発する時に上から与えられた「戦時特例発令権限」を持ち出してねじ込んだ。今は一刻の時間も惜しい。
 アエルゴを出発したリザが南方司令部に到着したのは、イブン・イスマイルがアメストリス和平使節に与えた猶予である五日間の、既に四日を閲した時であった。
 リンデンの警備は、辺境と砂漠の中という天然の要害である部分に拠る部分が多く、人間はそれほど配備されていないと聞いている。
 ロイ・マスタング―――というよりも、焔の錬金術師と呼んだ方がよいか。
 彼の得意とする術の前で、堅牢な要塞などあまり意味を為すものではない。そもそも、細かな錬成よりも、そういった大掛かりな破壊こそ、彼の錬成の特長であろう。
 その術の成り立ちあるいは会得に少なからず係わる身としては複雑なところもあるが、冷静に分析して、それは正当な評価になるだろう。
 だがどんなに個人の能力が突出していたとしても、それが戦闘のすべてではない。
 ロイはもう、それを充分に知っているはずだった。
 力の使いどころも、人の動かし方も。
「出迎え、ごく…」
 そんなことを考えながらリザが車を降りようとした時、迎えに出た者のひとりがドアを開けた。それに礼を述べようとして、彼女は、リザ・ホークアイらしからぬことに、言葉を飲み込んだ。
 そこに立っていた人物が、あまりにも意外な人物だったので。
「お疲れ様ッス、中尉」
 にか、と人懐こい、しかしどこか悪巧みしている子供のような顔で笑って、どうかすると乱雑な気がする敬礼を、その人物はよこした。
 はしばみ色の目を見開きながら、リザは、じっとその男を凝視した。
「あ、しまった。もう中尉じゃないんでしたっけね。少佐殿」
「…あなた、…復帰していたの」
 リザは驚きを隠せない声で、ようやく呟いた。
「ええ、まあ。ちょっとばかし前に、ようやく」
 ハハハ、と脳天気にも思える声で笑ったのは、ジャン・ハボック―――離籍時の階級は少尉、だった。
「まあ、積もる話はまた後で。そいじゃま、行きますか」
「え?」
「あちゃー、中尉、じゃなかった、少佐、お疲れっすね〜。まあ大佐のお守り大変ですもんね」
 リザに従ってきていたダルトン中尉も、リザほどではないが、事態についていけず困惑しているようだった。
「でもこのジャン・ハボックが帰ってきましたから、大船に乗ったつもりでひとつ」
「…大船…?」
 思わず聞き流すことが出来ず呟くと、ハボックは目を細めて嬉しそうな顔をした。そして言うのだ。
「そうそう、中尉…じゃなかった少佐はそうでないと。そのツッコミを聞くと、ああ中尉だなあと思います。…さあ、でも、本当に行きましょう。東南連合連隊が少佐の命令を待ってます」
 自信に満ちた顔で笑う姿は、以前より落ち着きを得たように見える。知った顔とこんなところでこのタイミングで出会えたことに、リザは珍しく感謝した。
 ―――上司の悪運とかいう類のものに。

 ハボックに案内されながら、リザは簡単な説明を受ける。
作品名:太陽と月と星(後) 作家名:スサ