太陽と月と星(後)
「勿論順番はどうでもかまわんぞ。アエルゴから来てくれても一向に構わない」
「あら。それはクレタからでしょう」
「いやいや、わしとマスタング君との間には男同士の友情があるんじゃよ」
「まあ。友というより親子ではございませんの?」
言い返せないでいるロイの前で、二人の会話は段々ヒートアップしていく。
ちなみに彼らは何語で話しているかというと、…互いに自国語で話しているのだが、聞き取りには問題が無いのか、普通に会話が成立していた。なかなかにシュールな光景だった。
「…閣下」
唖然茫然といったロイに、通訳がこそりと耳打ちした。
「止められませんと、きっとどこまでも行きますよ、あの会話…」
「……。そうだな」
はっと我に返り、ロイは、「おふたりとも落ち着いてください」と、ゆっくり繰り返した。
ロイ・マスタング凱旋の報がセントラルへ届くと、中央司令部のみならず、様々な部署や人々が慌しくなっていった。
クレタ、アエルゴとの条約の締結は東方司令部から情報がリークされ、中央司令部の作戦部が緘口令を敷く前に一気に国中に広がってしまった。
今やロイ・マスタングといえば救国の英雄である。
帰還すれば、中将への昇進も確実だろうといわれていた。
―――中将。
それは、今現在のこの国において、軍内部の官位としては最高位に位置する役職である。
つまり、彼の帰還は、そのまま上層部の更迭をも意味していたのだといえる。
彼らが自らの利権を守るためには、もう、ただひとつ、マスタングの不慮の死こそが必要不可欠であった。
そしてそのチャンスは、もう残り少ない。
ロイ・マスタングの帰還経路は、割と公にされていた。
危険がないでもないが…、凱旋する彼を一目見たい、という民衆の声が高く、なしくずしに情報が漏れ広がっていったのであった。
行く先々で歓待を受け、その度にロイは足止めされたから、経路が明らかになっているとはいえ、日にちにはずれが生じていたから、そういうい意味では、安全上何とかぎりぎり許容できる範囲…だったのかもしれない。
しかし、やはり、情報が漏れているということは、まだ不利なのだ。それだけ標的にされやすい、ということなのだから。
―――ロイの乗った汽車がテロに遭った、とエドワードが聞いたのは、いつものように汽車を眺めに来ていたセントラルステーションでのことだった。
その時、身の裡に宿ったのは、たとえようのない焦燥と、そして怒り。悲しみ。恐怖。その、すべてだった。
エドワードはしかし、表面上は恐ろしく冷静に、物怖じすることなく堂々と、慌しいセントラルステーションの中を横切った。そして、軍人達が集結していた場所へ、割って入る。
民間人の闖入に険しい顔をした若い軍人は、次の瞬間、下がってと出した腕を強くつかまれどかされ、息を飲む。それは、普通の少女の出すような力ではなかったのだ。
そして、彼女は黙ったまま、ポケットから円い銀の何かを取り出した。
「…? …!」
国家錬金術師の証に、軍人達の間に衝撃が走る。その瞬間を見逃すことなく、エドワードは口を開いた。そして苛烈な声で、命じたのである。
「オレを、事故の現場まで連れて行け」
しかし、と口ごもる軍人をじろりとねめつけて、最終的には、エドワードは軍用者にて至急現場に向かうこととなった。
ひっきりなしに入る無線の情報に、意識が遠のきそうになったのは一度や二度ではない。
『汽車は陸橋の上から転落、今死亡者の確認急いでるが酷い』
『現在テロリストどもと交戦中!至急援軍送られたし!』
エドワードは、ぎゅ、と膝の上で握り締めた手を、血の気が引くほどもぎゅっと掴んだ。
さきほどからロイの安否について誰も報告を入れないのが、不安でならなかった。
爆破は、汽車が陸橋にかかるあたりで仕掛けられたということだった。そのあたりは急峻な渓谷地帯で、その間を縫うように陸橋が作られていた。
現場にたどり着くと、エドワードは顔色を失った。
陸橋は破壊され、汽車が崖下に転落し、炎上していた。部分的に汽車であった形は残っているもの、乗客のほとんどが、あれでは助かるまい。
バチン、と、エドワードの中で弾けるものがあった。わなわなと、体が震えていく。
(…たいさ、…ロイ)
乾いてしまった唇で、音もなくその名を呼ぶ。
―――君が待っていてくれたら、帰ってこられるよ
「…オレ、…ずっと、待ってた…」
―――そうしたら、もう、どこにも行かない
もう目の前が真っ白になって、…何やらその場に陣取って、主張を繰り返しているらしきテロ集団を、きっ、とにらみつけた。そして彼らに投降を呼びかけている軍人達に歩み寄り、その拡声器を奪った。
暴れていなければ、泣き出してしまいそうだった・のだ。
ロイが乗る予定になっていた汽車が転落させられたことを、アームストロングはたまたま訪れていた病院で知った。といっても別段彼が体調を崩していたのではなく、事業の関連で訪れたのであるが。
怪我人が大勢出ているかもしれないから、搬送の手配を―――
慌しく動き始める病院では、看護士がそうやって説明していた
そして、現場に向かったアームストロングは、同様にエドワードがその場へ向かったことを知るのであった。
「むぅ…、早まっては行かんぞ、エドワード・エルリック…!」
彼は祈るように手を組んだ。
爆破現場では、既に手が付けられないほど、エドワードが暴れていた。錬金術と鮮やかな体術によって、既にひとりで何人沈めたかわからない。テロ集団は銃火器で、人数でそれに対抗しようとしているようだが、遅れて到着したアームストロングから見て、それが成句しているようには見えなかった。
がつん、と拳をあわせてから、アームストロングは、ばっさと上着を脱ぎ捨て、上半身裸になった。
そしてそのまま、乱戦の中へ駆け込んでいく。
…確かエドワードを止めるために来ていたはずだが、…憶えているかどうか、いささか怪しい。
彼の性質が穏健であることは否めないが、その行動までもが平和的であるかどうかというのなら、それは必ずしも正しくは無いのだし。。
ちぎっては投げ、つかんでは投げ、という様子で、エドワードもアームストとロングも、手当たり次第のテロリスト達を放り投げていく。いっそ軍人達の方が唖然としてしまったくらいだ。
だが、段々と沈静化していったとき、…立っているのが、エドワードとアームストロングだけとなってしまったとき。
さすがに、アームストロングは、エドワードの制止にかかった。押さえつけられながら、それでもエドワードは暴れ、叫ぶ。
「返せよ!オレの…、っ!」
「落ち着け、エドワード.エルリック!」
既にすべてのテロリストが地に這っている中で、それでもまだ収まらないエドワードを、アームストロングが後ろから押さえ込みながら宥める。しかし半狂乱といった態のエドワードはなおも暴れようとする。
「だって、…やだ、…やだよ、返せよ…待ってたのに…!」