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太陽と月と星(後)

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 …その頃、カウンター奥の控え室では、出て行こうとするエドワードをシーラとシェスカが押さえつけていた。
「離せって…!」
「駄目だって言ってるでしょう!わからない子ね、館長に任せておけば大丈夫だから!」
「でも…!」
 軍が直接行動を起こしたのは、ロイがクレタとの交渉を成功させたのを隠しきれなくなったことで、彼の人気がまた上がったのが原因だろう。そして、口実は、エドワードの査定だ。国家錬金術師の資格をまだ保有しているエドワードには、査定を受ける義務がある。今までなら、受けない者は単純に資格を剥奪されていたのだろうが、…絶対に査定を受けさせる、ということに軍上層部が書き換えでもしたのだろう。
「そうですよぅ、エドワードさん、落ち着いて!」
 シェスカはシーラと違って、いかにも手一杯な様子でそれでもエドワードを押さえつけつつ、言い募る。
「短気は損気ですってば!」
「でも、オレが出て行けば…」
 大の男ともやりあうエドワードである、女性の戒めを解くことなどさして難しくはない。そのはずなのに、シーラからはなかなか逃れることが出来ないでいる。
「…いい加減になさい!」
 その拘束が突然に解けた、と思った瞬間、くるりと身を回転させられ、ぱちん、と頬をひっぱたかれた。あまりのことに、エドワードも唖然として動きを止めてしまった。
 大きな目をさらに大きく見開いて呆然としている少女の両肩を掴んで、シーラは淡々と、噛んで含めるように言って聞かせる。
「…すこし、昔話をするわ」
「…シーラ…?」
「…。昔々、貧しい難民の少女がいました。少女は難民の村で生まれて、文字も世界も知らず、ただ、日々の暮らしに喘いでいました」
「…?」
 あまりにも淡々とされる話の内容はいまいち今の状況とも人とも関係のないことに思え、エドワードは眉間に皺を寄せる。しかし、逃げ出す気は起きない。シーラの目があまりにも真剣で、呪縛されたように動けなくなっていたのだ。
 もしかしたら、エドワードが待つ人と似た、その瞳の色のせいかもしれなかったが。
「やがて少女の暮らしは本当に貧しくなり、餓死寸前までになりました。その時、軍がやってきて、少女を引き取っていきました。少女の家には、支度金として大金が置かれていきました」
「シーラ…?」
「少女を引き取っていったのは、軍の研究所でした。少女を待っていたのは、毎日続く実験でした。実験には、あとくされがないように、貧しい人が良く使われていたのです」
「…シーラさん…?」
 シェスカも、不安げな声を出す。
「…そして、特殊な実験の結果、普通の人よりずっと疲れにくく、腕力もある特別な兵士が誕生しました。…『彼女達』は、秘密裏に裏側で動く、特殊部隊になりました」
 そこまで言ってから、シーラはふっと笑った。
「…私達、元々は軍人だったの」
「それは、…聞いたけど…」
 シーラは黙って首を振った。
「ただの軍人じゃないの。…私達は、皆何かしらの実験をされている。投薬、機械鎧の組み込み、錬金術の合成手術…私だけじゃないのよ、館長についてここへやってきた、私と、アリエッタ、オリヴィア、ラウラ…皆そうなの」
 エドワードとシェスカの目が見開かれる。
 確かに、今シーラが名を挙げた女性達は、一般の司書とは一線を画す存在であった。しかし、元軍人と聞かされてはいたものの、そんな事情のある軍人だとは知らなかった。
「…平和とか平等とか、…正直私にはよくわからないの。…だけど、…」
 シーラは一瞬目を伏せて、それからもう一度顔を上げて、エドワードの金色の目を見つめた。
「…だけどね、エドワード。…あなたを知って、私は変わった。今は思うの、マスタング大佐…いいえ、少将だったわね、あの方が帰ってきて、あなたがいたなら、きっと私のような子はいなくなるんじゃないかしら、って」
 皿のように見開かれた瞳に、シーラは微笑みかけた。
「…なぜだが、あなたを見ていると、そういう気持ちになってしまうの。不思議よね。悪いことなんか、何にもなくなる気がするのよ。あなたが何かしてくれると思っているわけじゃないんだけど、…あなたがいれば、そういう風になるような気になっちゃうの。ほんと、不思議だわ」
「シーラさん…」
 絶句しているエドワードの脇で、シェスカが感極まった様子で目を潤ませた。
「なんだか私にはよくわかりませんけど…、でも、シーラさん、今まで随分苦労されたんですね…!」
 黒髪黒目の女性は苦笑して、シェスカの頭に手を伸ばした。そして、よしよし、と撫でる。
「いいことばっかりじゃないかもしれないけど、生きてればいつか、楽しいことも、嬉しいこともあるんだって、最近は思うの。…私達皆そうなのよね、きっと」
「…シーラ…」
「だから、エドワード。あなたを守らせて」
 とん、とシーラは軽くエドワードの肩を押した。そしてそのまま、シェスカがエドワードを引き取る。
「シェスカ。その子を頼むわ」
「シーラさんは?」
 控え室のドアを開きながら、シーラはにっこりと笑った。
「ちょっとお仕事」
 外から後ろ手にドアを施錠しながら、シーラは声に出さずに思う。
 今、エドワード達に語って聞かせたのは本当のことだった。だが、真実のすべてでもなかった。
 貧しい難民の生まれであること、軍に引き取られ肉体改造を施されたこと、特殊部隊に所属していたこと、どれも真実だ。だが、話していないことがある。かつてイシュヴァールにも投入されたこと、その時一度、ロイを見たことを。
 その時、人でなし、と思った。得体の知れない術を使う、常人には考えもつかない神経の作りをしている男だと。人が焼ける悪臭に胸焼けを憶えながら、思っていた。
 それが、その数年後。任務の途中見かけた彼は、驚くほどに人間らしく見えた。そしてその時傍らにいたのが、エドワードだったのだ。他愛のない話をしているらしく、笑いあったりふざけて叩いたり、頭を押さえたりしていたが…、素直に楽しそうに見えた。
 そして思ったのだ。人は変われるのだと。
(…だったら、私も変われるわ。きっと)
 エドワードが何かしてくれる、と期待しているのではない。そういうことではなくて、…エドワードといると、その一生懸命さとか一途さに胸を打たれて、変わる強さが生まれるのだと思う。彼女は、人をそういう気持ちにさせる存在だった。
 それを、己の保身しか考えていない腐った連中が、好きに使おうとしているのだという。それは、シーラにはとても許せるものではなかった。

 フランチェスカを取り囲んだはずの兵士達は、現れたふたりの司書にあっさりと叩きのめされた。密集し、狭い建物の中で銃撃戦を始めるわけにも行かず、そして相手はただの司書ではなかったのだ。
 彼女達の動きはまるで人並みはずれていた。ただの兵士では太刀打ちできない、そんな風に感じさせた。
「…鍛えが足りてないんじゃなくて?」
 疲れたようにフランチェスカ。彼女は微動だにすることなく、背中に、逃げ遅れた利用客を庇っている。
 一撃で兵士達を鮮やかに沈めていく彼女達は、軍においてもあまり知られた存在ではなかった。
「アリエッタ、左」
 部下の一人に、死角からの敵の存在を告げる声は静かなものだった。
作品名:太陽と月と星(後) 作家名:スサ