黄金の太陽THE LEGEND OF SOL 16
白い光は消えていき、人型はその輪郭を現していく。
「あいつらは!?」
ガルシアが、露わとなった人を見て叫んだ。
巨躯を誇っていたドラゴンは、青い髪に蒼白の肌で、筋骨隆々とした男の姿へ変わった。
対して小躯であった方は、血のように赤い髪をした少女になった。
「カーストに、アガティオだ!」
一行は二人のプロクスの戦士達へ駆け寄った。二人とも服のあちこちが破れ、半裸体であった。
「う、ぐぐ……」
「ぐ、ああ……!」
カースト達は苦しみの声を上げた。
「おい、しっかりしろ!」
ガルシアはアガティオを抱き起こした。同時に脈を探る。
脈は非常に弱い、最早アガティオは虫の息であった。
「ピカード、回復を!」
「はい!」
ピカードが回復エナジーを発動しようとすると、ふいにアガティオは、ガルシアの襟を掴んだ。そして、苦しそうに血走った目で何か言葉を発しようとした。
「なんだ、どうした!?」
アガティオの声は完全にかすれて、聞き取ることは難しかった。そこで、ガルシアはアガティオの口元に耳を寄せた。
「っひ、一つ目の……、岩……!」
ぐは、とアガティオは事切れてしまった。
「おい、アガティオ! 岩がどうしたんだ!? アガティオ、アガティオ!」
返事は帰ってくることはなかった。ガルシアはピカードに首を振り、脱力したアガティオの体を地に横たえた。
「アガティオの方はだめだった。そちらはどうだ?」
カーストの方は僅かに体力があり、メアリィが回復に当たっていた。しかし、こちらもそう長く保つか分からなかった。
イリスは翼を広げ、虹色の輝きをカーストへ向け、回復の援護をした。
「私の力を使っても、彼女が生きていられる時間は長くありませんが……」
イリスは復活前、リョウカの身体を通して神の力を、ドラゴンだったカーストへ放っていた。
七色の炎であった。あれは攻撃するためのものというよりも、悪しきものを浄化させる神の力だった。
浄化されたはずの二人であったが、ドラゴンと化した時点で、既に命はほとんど削られてしまっていた。浄化されていようがいまいが、遠からず二人は死んでいたであろう。イリスは言うのだった。
「私の浄化によって、彼女達の竜化を解くことは、少しでも延命する目的の為でした。ですが、竜化の元凶を絶たない限りは、カーストにすぐさま死が訪れることでしょう」
「元凶、って、こいつらをドラゴンにした奴がいるのか?」
ロビンは不思議に思った。
かつてサテュロスとメナーディと対峙したとき、彼らは自らドラゴンへと変身していた。
あの変身は、地のエナジーも借りて行ってはいたが、ほとんどは彼ら自身の技であると思えた。故に、カースト達の竜化に関わった何かがあることに、疑問が浮かんだのだ。
「ロビンが仰っているのは、禁呪、『ブレイズ・フュージョン』の事ですね? 確かにあれも竜化する手段ではありますが、力あるエナジストが二人いなければなりません。しかも変身後は一体のドラゴンにしかなれない……」
なぜここまで詳しいのか、ロビンは少し引っかかったが、それ以上にロビンには納得できた事があった。イリスの言うとおり、サテュロスとメナーディは融合し、一体の巨大なドラゴンへ変身していた事だ。
ふと、回復に当たっていたメアリィはエナジーを止めた。
「どうした? カーストはもう回復したのか?」
ロビンの問いに、メアリィは否定した。
「エナジーが、出ません……」
メアリィは何度か再会しようと試みたが、エナジーは膨らまず、ついには光すら発しなくなってしまった。
「だめです、完全にエナジーが無くなりましたわ……」
「それじゃあ、僕が変わります」
ピカードが引き継ぐと言い出した。
「いいえ、もう回復はいりませんよ……」
イリスは哀れんだ目をカーストへ向けた。
「彼女は、もう……」
神である彼女には人の残りの寿命が見えていた。その目に映るのは、風前の灯火と化した、カーストの命であった。
「カースト……」
ロビンは座り込み、そっとカーストの手を握った。
とても冷たかった。どんな氷よりも、死に行く人間の手は冷たく感じた。かつてはこの手の持ち主に、命を狙われていたが、死が迫っているとあっては、哀れみの感情が浮かびこそしたが、憎しみの感情は生まれる事はなかった。
カーストは自分に憎しみを持ったまま死んでいくのか、ロビンはそう考え、何ともいえない気持ちになった。
「う、んん……」
ロビンが手を握ってからすぐに、カーストの意識が戻った。
「カースト! 気が付いたか!?」
ロビンは声を上げた。
「……その声は……、ロビン……、あんただね? 憎い、姉さんの仇……」
カーストはやはり、ロビンに対して憎しみを抱いていた。
殺してやる、道連れにしてやる、そんな言葉が返ってくるだろうと覚悟していたが、続く言葉は全く違った。
「……でも、何て……、温かい手……、人の温もりなんて……、とっくの昔に、忘れていた……」
この少女もまた、不幸な生い立ちだったのであろうか。この言葉から察するに、カーストには肉親の愛をまともに受けたことが無かったらしい。
「あたしを……、真っ暗な所から……、助けてくれ……、たの、は……、あんただね……?」
皮肉なものだ、と誰もが思うだろう。かつて殺そうとしていた敵に、カーストはこうして助け出されたのだ。
「ああ、そうだ、オレが助けたんだ! だから、生きろ! メナーディの仇のオレに助けられたんだ、とんでもない借りができただろ? だから生きて、オレを倒して見せろ!」
ロビンは半ば挑発的に言った。最早これしか言葉が浮かばなかった。しかし、カーストは挑発に反応せず、虚ろな瞳をロビンに向け、微笑を浮かべた。
「ムリ……、だよ……、こんなに、温かい……手の、人を、殺す、なんて……、姉さんの仇でも、できない、よ……」
カーストはゆっくり瞳を閉じた。
「おい、カースト!」
「……最期に、あたしは、人を、好きに、なった……。ロビン、あんたの事、大好きだよ……」
カーストの手は見る見るうちに力がなくなっていった。
「……さようなら、ロビン……、大好き、だよ……」
最期に愛を知ったカーストは、ロビンに想いを伝え、ついに息を引き取った。ロビンの手からカーストの手が滑り落ちる。
「カースト!」
ロビンは滑り落ちる手を地に着く前に再び取り、固く握り締め、叫んだ。
ロビンの叫びは辺りに木霊した。
「最後の最後に恋した人は、姉の仇敵とは、なんとも皮肉で悲しい話だな……」
ガルシアは肉塊となったカーストを見て、哀れみの言葉を告げた。
「何とも虫のいい話じゃねぇか……」
シンは洩らした。
さんざん恨み、命をねらい続けていた相手を、カーストは最期好きになったのだ。そんな相手から告白された所で、想い告げられた者からしたら迷惑でしかないだろう。
「シン、何もそこまで言わなくても……」
「ジャスミン、女のお前からしたら同情の気持ちが浮かぶかもしれない。ロビンはいい奴だ、敵だった奴を助けるような、な。だけど、思い出してみろ。奴はガルシアまで手にかけようとしていただろ!?」
「シン……」
ジャスミンは返す言葉がなかった。
作品名:黄金の太陽THE LEGEND OF SOL 16 作家名:綾田宗