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【カイリン】愚か者め、嘆くが良いわ

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スラッグの話は、十年前に遡った。
それは、スラッグとカイトが出会う前のこと。カイトは別の所有者と共に、都市で暮らしていたという。

「カイトがね、ある自動車事故の現場に居合わせて、そこで勇敢にも運転手の男性を救出したの。一緒に乗ってたアンドロイドの少女は、残念ながら爆発に巻き込まれてしまったけど、でも、カイトが男性を助けたのもギリギリのタイミングだったから、仕方ないんだよね」

それはそうだろうと、リンは頷く。人命が最優先なのは、当然だから。

「でもね、その男性にとっては、仕方ないことじゃなかったんだ。一緒に乗っていたアンドロイドは、彼にとって「実の娘」だったから」
「あ?」
「珍しいことじゃないでしょ。リンだって、マスターにとっては家族だったんだから」
「それは・・・・・・でも、アンドロイドは人間じゃない」
「その男性にとっては、「人間」だった。彼はカイトを責めた。何故娘を助けなかった、娘を返してくれってね」
「でも」

その時、ふっとリンは気がついた。
一緒に乗っていたという、アンドロイドは。

「一緒に乗ってたの、「鏡音リン」?」
「正解。先に言っておくと、レンはいないんだ。彼に必要なのは「娘」だったから」

リンは口をつぐんで俯く。自分と同じように必要とされなかった「レン」の運命は、考えたくなかった。

「カイトがあたしを拾ったのって、あたしがリンだから?」
「そうかもね。他の型だったら、マスターの元へ返したかも」

まあ、ちょっと話を戻すよとスラッグは笑い、話を続ける。
男性に責められたカイトに、認知のずれが起きた。カイトがアンドロイドと認識した存在が、実は人間だったとしたら。救命率が高いのは娘の方だったから、カイトは助かったはずの命を見捨てたことになる。

「駄目押しで、その男性が自殺してしまったんだ。発見したのは、謝罪に訪れたカイト。それが決定打になってしまったんだよね。不具合によって、カイトの機能はほぼ全停止してしまった。それで、捨てられた。私はその頃、ハンターとしては駆け出しだったから、武器を改造する為の材料が欲しかったんだよね。廃棄場を漁ってて、偶然カイトを見つけたの。それで、現在に至るわけです。何か質問ある?」

色々あるけれど、リンは以前から気になっていたことを聞いた。

「カイトの目が赤いのって」
「あー、あれね。機能停止した影響。髪は大分戻せたんだけど、目は変色したままになっちゃったの。機能的には問題ないから、そのままにしてる」
「今のカイトにとって、あたしは機械? それとも」
「機械。大丈夫、そこは矯正済み。でも、まだメンタルが不安定なんだ。もう十年も経つのにね」

ふふっと笑うスラッグに、リンは首を傾げて、

「まだ引きずってるんだ、カイトは。その「リン」のこと」
「うん。だからリンを拾ってきたし、ハンターにしたくないんだと思う。彼なりの贖罪なんだね」
「機械が人間を優先するのは、当然だよ。カイトが償うことなんて、何もない」
「そうだねえ。相手が悪かったね。その男性は、ずっと娘を欲しがってたんだ。でも、妻が命と引き替えに生んだのは息子で、それで余計リンに拘ったみたい。やっと手に入れた「理想の娘」だからね」
「・・・・・・・・・・・・」

リンの訝しげな表情に、スラッグはいつものように微笑む。

「何でこんなに詳しいかというとね、その男性は、私の父だから」
「えっ」

言葉に詰まるリンに、スラッグはゆっくり話を続けた。

「彼にとって私は、妻の命を奪った憎い存在で、望まない息子だった。最初は娘として育てていたんだけど、理想の娘であるリンを手に入れて、私は必要なくなったどころか、一刻も早く片づけたいと、都市の外に放り出した。たまたま、近くでキャンプをしていた商隊に拾われたおかげで、生き延びたけどね。『スラッグ』は、父が私によくぶつけた言葉だよ。『お前はなめくじより価値がない』ってね」

その言葉に、リンは頭を下げる。

「・・・・・・ごめんなさい」
「何で?」
「あたし、スラッグに酷いこと言った」
「そうだっけ? 覚えてないな。それに、リンは知らなかったんだから、気にしないで」

リンは、スラッグの長い髪を見つめ、「今でも、大事なの?」と聞く。

「酷いことした相手でも、家族だから?」
「さあ? もう顔も忘れちゃった」

リンに見つめられても、スラッグはいつものように笑うだけ。それが本心なのか、リンには判断がつかなかった。

「何で、スラッグは笑ってられるの? 酷いこと、されたのに」
「ん? んー」

スラッグは首を傾げると、困ったように、

「だって、私まで落ち込んだら、カイトが辛いでしょう?」

と言った。

「カイトを引き取ったのは偶然だけど、彼を改造したのは私なりの罪滅ぼしかな。父を助けなければ、彼は幸せに暮らせたはずだから」
「・・・・・・スラッグが償わなきゃいけないことなんて、何もないよ」
「リンのマスターには、あるの?」

スラッグの言葉に、リンはハッとして目を逸らす。そこに、穏やかなスラッグの声。

「リン、家族に会いにいきな。後のことは、それから考えればいいよ」

リンは、視線を逸らしたまま「考えさせて」と言い、ふらっとテントの外に出た。