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【カイリン】愚か者め、嘆くが良いわ

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暗闇の中、足下に男が転がっている。
ひいひいと情けない声を上げ、助けてくれと喚いていた。
スラッグは、手の中に収まる小型の拳銃に視線を落とす。

『止めを刺しちまいな』

懐かしい声だと、ぼんやり考えた。捨てられた自分を拾い、武器の扱いを教えてくれた相手。自分を、骨の髄までしゃぶり尽くそうとした相手。スラッグはゆっくりと足下の男に狙いを定め、引き金を引き、間髪入れず、身をひねって声のしたほうに銃弾を叩き込む。
苦しげなうめき声は、やがて冷ややかな侮蔑の言葉に変わった。

『お前は、なめくじよりも価値がない』

目を開けたスラッグは、のっそりと身を起こし、テントの外を伺う。薄暗がりの中、大型バイクを慎重に動かす男の影が揺らめいた。
他に人影が見えないのを確認し、目一杯息を吸い込むと、

「リーーーンーーーー!! カイトが勝手に出掛けるうううううう!!!」
「ちょっ!? ふざけんな馬鹿!!」
「馬鹿はあんただーーーーーー!!」

スラッグはさっさとテントに引っ込むと、耳栓をして毛布に潜り込む。
この後、カイトに振り切られたリンが、いつもより怒って飛び込んでくるだろうし、帰ってきたカイトには、いつもの百倍文句を言われるだろうが、知ったこっちゃないというのが正直なところだ。

「寝るより楽はなかりけり、ってね」

温もりに包まれて、スラッグは短い二度寝に落ちる。




リンは苛々と舌打ちしながら、お茶を淹れてスラッグに渡した。

「折角教えてあげたのにねえ。残念だったねえ」

のんびりとしたスラッグの口調が、余計神経を逆撫でする。

「あんたが起きてるなんて、珍しいじゃん」

リンの刺々しい物言いに、スラッグは歌うように応える。

「誰も寝てはならぬ。姫、あなたでさえも」
「ああ?」
「夜明けとともに、私はあなたの唇に告げよう。リンのマスターは、なんて名前だったの?」

この三年間、ずっと避けてきた話題にいきなり踏み込まれ、リンは言葉に詰まった。笑顔のスラッグから顔を逸らし、絞り出すように「知らない」と答える。

「そう。名前のない王子だね。あ、男性だっけ?」
「・・・・・・ちが・・・・・・そ、そういうスラッグは? あたし、スラッグの本名知らない」
「さあ? 私も知らない。呼ばれたことないし」

スラッグはくすくす笑うと、

「私は王子という柄じゃないね」
「ハハッ・・・・・・なめくじの王子だ」

ふっと力を抜いて、リンは小枝を焚き火に投げ込んだ。マスターのことは忘れよう。そう自分に言い聞かせていたら、スラッグが無言で立ち上がる。

「何?」

声を掛けたリンに、スラッグは指を一本唇に当てた。もう片方の手に拳銃が握られているのに気づき、リンは身を堅くする。
するりと、スラッグが動いた。物音を立てずに、躊躇いなく。リンが視線を動かす間もなく、乾いた銃声が響いた。

「あら、珍しい。こんなところに出るなんて」

スラッグがつまみ上げたのは、ハチの姿をしたモンスターだった。元は何かの兵器だったのか、機械の部分が剥きだしになっている。

「バラして売れば、おやつ代くらいにはなるかな」

そう言って笑うスラッグの手元には、正確に急所を打ち抜かれた小型モンスター。リンは、開いた穴から覗く配線を見つめながら、

「あたしにも教えてよ」

と言った。

「今日のおやつは、干しブド」
「銃の扱い方」

銃が扱えれば、カイトと同じハンターになれるかもしれない。そう思って何度も頼み込んでいるのだけれど。
スラッグは、視線だけをリンに向けた。

「駄目?」

いつもなら、「カイトが怒るから」と断られるところなのに。

「んー・・・・・・駄目じゃないけど」
「ほんと!? じゃあ教えてよ! 今すぐ!」
「リンが、マスターのこと教えてくれたらね」

予想外の返答に、リンは固まる。スラッグは、モンスターを地面に落とすと、自分のこめかみに銃口を向けた。

「あなたのマスターのこととか、ここにいないレンのこととか」

いつもと変わらない微笑みが、何故か恐ろしい形相に見える。

「過去を殺しておいで、リン。そうしたら、全部教えてあげるよ」