【カイリン】愚か者め、嘆くが良いわ
狩りから戻ってきたカイトを、リンが出迎えた。
「お帰り」
「・・・・・・ただいま」
「バイク、点検するから。スラッグは焚き火のとこにいる」
「リン」
「あんたの点検は、あたしじゃ無理だよ」
リンが工具を取りに戻るのを見送って、カイトは大股で焚き火に近づく。
「あ、おかーえりー」
間の抜けた声を出すスラッグを無理矢理立たせ、テントの中に引っ張り込んだ。
「ちょっと、何ー?」
「何があった?」
「んー? リンがもの凄く怒って、こいつが近くをうろついてたから、撃った」
半分解体されたハチに一瞬目を向けてから、カイトはスラッグに視線を戻す。
「リンに何か言った?」
いつもなら、真っ先に食ってかかってくるはずなのに。
スラッグは首を傾げ、
「マスターの名前を聞いたんだよ。いけない?」
「何の必要があって?」
「んー、もうそろそろいいかなって。三年も経つし」
「まだ三年だよ」
カイトはそう言って、溜息をついた。まだ三年、たった三年で振り切れるほど、軽いものではない。
スラッグは、再度首を傾げ、
「あなたは、十年前のことを、まだ引きずってますものね」
「・・・・・・・・・・・・」
「私が、初めて人を」
「・・・・・・聞きたくない」
顔を背けたカイトの耳に、苦笑混じりの声が聞こえる。
「私が捨てられたのは、あなたとは何の関係もないのに」
分かっている。理屈ではそうなのだ。自分がスラッグと出会う以前のことだから。けれど、
・・・・・・リンはどうなのだろう。
スラッグは、リンをどう受け止めているのだろう。「鏡音リン」という存在を。
「私は、過去を殺したんですよ」
視線を向ければ、スラッグがいつものように笑っている。
けれど。
「じゃあ、何で起きてた」
平静に話そうとしても、声が固くなった。スラッグはきょとんとした顔で、
「おかしい?」
「あの時間、君は寝ているはずだ」
「そういう時もありますよ」
スラッグはそう言って、ふふっと笑う。
「私は、人間だから」
そう言われたら、黙るしかなかった。
イレギュラーな事態が起きるのも、「通常」だから。
「腕出して。数値を計るから」
カイトは無言で袖を捲り、スラッグの作業を眺めた。
夕方、リンがドラム缶に水を入れて風呂を沸かすそうとしている横を、カイトがバイクを押して通り過ぎる。
「狩り?」
「うん」
「いってらっさい」
ドラム缶の下に組まれた薪に火をつけようと、身を屈めた時、
「気が変わった。おいで」
カイトの声とともに、ぐいっと体を持ち上げられた。
「ふぁ!?」
「掴まって」
バイクの後部に座らされ、エンジンを掛けられる。
「えっ、ちょっ!」
「落ちるよ?」
慌ててカイトにしがみつくリン。カイトの「出掛けてくる!」という叫びとともに、バイクは猛スピードで走り出した。
夕焼けに染まる丘から、眼下を眺める。荒涼とした荒れ地の中に、小さな村がぽつんと存在していた。夕餉の支度中なのか、いくつかの煙が上っている。
「あの村に、リンのマスターがいるかもしれない」
突然カイトに言われ、リンはぎょっとして相手を振り仰いだ。
「本人がいなくても、知ってる人がいるかもしれない」
カイトは淡々と続ける。リンは、視線を下ろして小さな村を見た。
いるはずがない、と思う。けれど。
「今のリンは、狩りに連れていけない。用途が違うからね。戦闘用に改造しないと」
「・・・・・・・・・・・・」
「改造したら、元には戻れないよ。それでもいい?」
「・・・・・・・・・・・・」
「マスターの元には、戻れなくなるよ?」
リンは口を開き、躊躇った後に口を噤んだ。
暫く、お互い無言で眼下を眺める。徐々に夕焼けから宵闇へと、景色が染まっていった。
「帰ろうか」
カイトの言葉に、リンは黙って頷く。バイクの後部に跨り、カイトに腕を回しながら、リンはスラッグの言葉を思い返していた。
『過去を殺しておいで、リン。そうしたら、全部教えてあげるよ』
作品名:【カイリン】愚か者め、嘆くが良いわ 作家名:シャオ