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奏で始める物語【春】

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「生憎先生は男の涙には一ミリの心も動かされない人間なんだ。良かった、良かった」
 新しく火を点けた煙草を吸い込むと明後日の方向を向き、吐き出す。これ以上近藤の戯言に付き合うつもりはない、という意思表示だ。
 意気込んだ頼みも足蹴にされた近藤はガックリと肩を落とす。
 その肩に優しく手が置かれた。涙目になっていた近藤が振り向くとそこには涼しい笑顔をした沖田が居た。
「近藤さん、ここは潔く諦めたらどうですかい?」
「総悟まで……」
「男なら、ね。ねえ、旦那?」
 含みのある物言いに銀八は眉を顰める。
 しかし、それは一瞬の事だった。沖田が瞬きをした後には銀八はすこぶるにこやかな笑顔になっていた。嫌味な程に。
「ああ、男なら諦めも肝心だな。先生は男の中の男だから諦めたよ。キッパリとな」
「――へえ、そうですかい」
 細められた目は銀八の言葉の意図を探っているようだった。
「ところで、土方君?」
 急に話を振られた土方は一人扉の前で立ったままゆっくりと銀八へ顔を向けた。
 小さく「何ですか?」と言った声は銀八はちゃんと耳で捕らえた。
「土方君は先生に挨拶してくれないの?」
 少し戸惑ったような表情をした土方だったが、彼は真面目な生徒だ。やはり小さな声で「おはよう、ございます」と言った。しかし、視線は何故か逸らしながら。
 銀八は至極嬉しそうな笑みを浮かべ、「ああ、おはよう」と返す。
 そして、沖田は銀八の言葉の意図を理解する。
――銀八は確かに諦めたのだ。
――土方への想いを押さえつける事を。
 口元に湾曲を描くと沖田は声を出して笑い出した。
 自分の予想を上回る銀八の諦めの良さがいっそ清々しく、そして口で言う程大人ではない彼がおかしくて仕方がなかった。
 訝しげに沖田を見やる近藤と土方。しかし、銀八だけは笑みを崩さず沖田を見ている。
「旦那ぁ。やっぱりあんたは面白い人だ」
「そりゃどうも」
 二人にしか通じない会話は誰にも理解されない方がいい。互いに捻じ曲がった物を根底に抱えている者同士だけの秘密の会話。だからこそ、楽しかった。互いしか理解し合えない部分を見せる事の出来る相手が居る事が。決して「友人」だとは思ってはいないが。
――だけどね、旦那。
 沖田は心中で呟く。
――旦那にも教えられない秘密を俺は握ってるんですよ。

 準備室を後にした三人はのんびりとした足取りで教室へ向かう。近藤と土方は他愛もない会話をしている。その後ろを歩く沖田は土方の横顔を見ながら思った。
――面白そうなことになると有難い。それに嘘のない。だけど、本当に二人の想いが通ったら、通おうとしたら。
 沖田は自覚していた。自分は銀八よりも大人で、ずーっと子供なのだと。
 自分の考えている事に呆れた沖田は苦笑を浮かべる。それに気づいた土方が振り向く。
「どうした? 総悟」
 今日始めて自分を見た土方に沖田の心中で歪んだ色の感情が渦巻く。好んで受け止めているその感情。
 沖田は口角を上げるといつも通りの憎まれ口を叩く。
「俺の僅かな変化も気になるなんて、土方さんて本当に俺が好きなんですねぇ」

 沖田にとっての日常は果たして彼の出現によってどのように変化していくのか。
 興味と不安と捻じ曲がった感情と。沖田は様々なものを心中に秘めて、土方の怒声を笑いながら受け止めた。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 窓から覗く景色は春真っ盛り。風に乗って舞う桜の花びらと、桜の木には緑の葉は日ごとに増えていっていた。
 黒板からふと視線を移動させれば丁度突風に煽られた花びらが空を舞う光景で、土方は感慨にひたってしまう。
 それはほんの数秒の出来事だった筈だ。しかし、気付けば横に人の気配を感じ、土方は顔を上げる。
「ひーじかーたくーん。先生の話も聞かずに青春気分ですかー? 桜が散る景色を見て、あー、大人になっていくのってこうやって桜が散るのと同じように何か一つ一つ大切な物を失くしていく事なのかな? とかと考えちゃってるんですか、コノヤロー」
 よくもこうペラペラと言葉が出てくるものだ。感心半分呆れが半分の視線を目の前に立つ担任の教師――銀八へ向ける。
「……いや、桜が散るのと同時に先生の髪の毛も散っていくのかとちょっと心配になっただけです」
「あ、てめぇコノヤロー! 先生の毛根をなめんなよ! こう見えてもしっかりと先生の頭皮に噛り付いて離れない可愛い奴らなんだぞ!」
「それは良かったですね」
 自分で言った事だが別段担任の毛根事情に興味もない土方はあっさりと返すと、視線を前へ――教師不在の黒板へと向けた。
 横で銀八はまだ何やら喚いていたが土方は一切反応を示さず、代わりに見かねた新八がいい加減にしろー! と大声を張り上げ、銀八は渋々黒板の前へと戻っていく。
 銀八の言っていた事は強ち間違いではなかった。教科書を手に授業を再開した銀八を――授業を真面目に聞く為だ、と態々言い訳めいたものを自分に言い聞かせながら――見つめながら土方は再び自分の思考に戻る。

――桜が散る姿を自分と重ねた。大人になっていく自分ではなく、実る事のない想いを抱えた自分とだ。

 あらゆる方向に好き勝手に跳ね上がる銀八の髪の毛と同じように銀八自身もまた掴み所のない、自分の手が到底届く事のない存在だ。そう土方は考えていた。
 実際土方は一年生の時も、二年生の時も銀八と親しくなれずにいた。
 普段から人と接する事が器用に出来ない土方は銀八の周りを囲む生徒達のように親しげに話しかける事は出来なかったのだ。
 親しくなりたい。その気持ちは大いにあるのに、だ。
 銀八と楽しげに会話をする生徒達を見つめて何度歯噛みをしたか分からない。生徒達にではない。不器用な自分にだ。
 先程のやり取りもそうだ。折角銀八が注意とは言え、話しかけてくれたのに自分は愛想のない、面白みもない返答しか出来ない。
 これが近藤や沖田なら違っただろう。
 どうして自分はこうなのだろう。折角銀八がまた担任になったというのに。
 折角好きな人と毎日無条件で顔を合わす機会を手に入れたというのに。


 一年生の時は何ていい加減で信用のならない教師なのだろうと思った。何故こんな教師が様々な生徒に慕われる理由が土方には本気で分からなかった。
 二年生になり、体育祭で実行委員になった土方は何かあれば直ぐに駆けつける事の出来るように職員席の近くで一人昼食を取っていた。
 不意に視線を上げれば銀八がこちらへ向かってきていて土方は思わず眉を寄せた。
 二年生になり、漸くいい加減な教師から解放されたと思ったのに、一体今更何の用事なのだろうか。
 この時の土方は本当に銀八を煩わしいとしか思っていなかった。
 なので声を掛けられても直ぐには返事はしなかった。三度目に「聞こえなかったのかー? ひーじかーたくーん」と態々腰を屈めて耳元で言われて、漸く「……何か用ですか?」と無愛想に答えたのだ。
「いやー、何でこんな所で飯食ってるのかなと思ってな」
「別に俺の勝手じゃないですか」
「でも、折角の体育祭だろ? 友達と一緒に食べた方が楽しいだろ」
「……実行委員なんで何かあったら直ぐに行動出来たほうがいいでしょう」
作品名:奏で始める物語【春】 作家名:まろにー