近いか遠いか、そんなの手を伸ばせば分かる事じゃない
蛇崩の含みのある笑みに美木杉は彼にしては珍しく渋い顔をした。スパイとして潜入するための仮の姿とはいえ、満艦飾マコは彼が担任を務めていたクラスの生徒の一人だった。流子が転校してくるまで一人も友人を持つことのなかった彼女との付き合いは、ここにいる人間の中ならば彼女の家族の次に長いだろう。更に流子が満艦飾と仲良くしており、加えてこの戦いに流子の応援という形とはいえ関わっていたことで、流子ほどではないにしろ他の生徒たちよりも深く関わっていることも自負している。また、彼自身流子の看病をする満艦飾夫妻と職務半分私情半分でよく会話することもあって、普段は作戦指揮などで忙しなくしている彼も、そうでなければ自分の生徒が捕まっているにもかかわらず何もできない己に歯がゆい気持ちを抱えつつ、彼女を無事を祈っている一人であった。彼としては、馬鹿な子ほど可愛い自分の生徒が今は手を組んでいるとはいえ敵対していた陣営の男性に好かれている、というのは何となく素直に応援できない出来事だった。
「満艦飾というと、纏についてきた子どもか」
「ああ、それと流子君の看病をしている夫妻が彼女の両親なんだ。確かによく医務室で出くわすと思っていたけれど、そうか、そういうことだったのか……。
待てよ、君たちは『彼から聞き出したわけじゃない』っていってただろう。じゃあどうやって満艦飾君がそうだと考えたんだい? そもそも無星生徒と風紀部委員長の二人にどこにそんな接点が」
「ノー遅刻デーで蟇郡が裸で寝てるって聞き出してたな」
「転校生と劣等生がどこかに出かけた帰りにバイクが動かなくなったところに通りがかって、自分の車にのせてやったっていってたわよ。しかも途中で三ツ星極制服目当てに襲い掛かってきた生徒たちがきたけど、狙われてるのは自分だから庇ってあげたんですって」
「壊惨総選挙で彼は纏に負けた後自分から満艦飾の隣に座って話していたね。そのときから中々馬が合った様子を見せていたよ」
「そうだったわね。馬鹿と馬鹿真面目同士気が合ったんじゃないの」
「そういえば犬牟田、大阪で蟇郡の新極制服のデータが満艦飾のせいであまりとれなかったって怒ってなかったか」
「そうそう。彼、僕らがヌーディストビーチを纏のところに行かせないよう戦ってる間、何をやってたと思う。満艦飾との睨み合いだよ。大阪からの帰り道の車内で時間を惜しんで君たちの戦いの映像を確認していた時に画面にずんずん満艦飾が迫ってくる映像を見せられたときの僕の気持ちが分かる? 蟇郡が無関係の人物をあまり攻撃したくないと考えているのは知っているけどね」
「すまない、もういい。よくわかった。よーくわかったから」
次から次へと出てくるエピソードの濃さに美木杉は思わず両手を挙げて降参した。まさか自分のあずかり知らぬところでそんなに事態が進展していたとは、と一人戦慄する彼を放って、黄長瀬は冷静に尋ねた。
「それで、結局どうしてその風紀部委員長が満艦飾に好意を持っていると考えたんだ。確かに二人に接点はあったようだが、だからといってすぐ好意に繋がるわけじゃないだろう」
「蟇郡の行動を分析すればわかることだよ」
「女の勘よ」
「心眼通でな」
同時にそれぞれ別の理由を言って、お互いを胡散臭そうに見てから、犬牟田が「ともかく」と口を開いた。
「彼女がカバーズに食われたことは周知の事実として、更に蟇郡の場合、その瞬間を目撃したらしいんだ」
「満艦飾の声を聞きつけて駆け付けたはいいものの服型カバーズにおさえつけられて邪魔されたんだと。例え惚れた女じゃなくとも、顔見知りがそんな目にあったんだ。相当堪えてるのは確かだな」
「あたしはそれでやーっとガマ君が自覚したと思ってるけど……それは今は関係ないわね。で? 理由は話したけれど、どう? 何か解決方法は思いついた?」
美木杉は蛇崩の言葉をほとんど聞いていなかった。「カバーズに食われた」「その瞬間を目撃した」、似たような体験をした人間を彼は知っている。
いや、彼自身もそうだったが、彼以上にその事件が銃爪となって、今も尾を引いている人間が。
美木杉は、眉を寄せて目の前に座っている人物の名を呼んだ。
「紬」
「情報統括部部長。カバーズのデータはとれてるのか」
最後の生姜焼きをご飯と共にかき込んだ彼は、平静通りの口調で犬牟田に話しかけた。彼は一瞬眉をあげて頷く。
「本能字学園ほどの設備がないしデータも三ツ星極制服からとられたものが主だけれど、ある程度は」
「そうか。本能字学園の開発は確か裁縫部が担ってたんだな? そいつとお前は今日これからあいてるか」
「伊織なら今三ツ星極制服のメンテナンスをしているよ。本当は今日一緒に食堂に来ようという約束だったんだけれど思ったよりメンテナンスに時間がとられているみたいでね、あとで僕が食事を持っていくことになってる。そのあとは彼は何もなかったんじゃないかな、僕は明朝の出撃に備えてそこの美木杉先生と作戦の話し合いをしなきゃいけないけど」
「ねぇモヒカンさん。あたしガマ君をどうにかしたいっていってるんだけど?」
「わかっている。情報統括部部長、その裁縫部部長への食事、俺たちも持っていこう」
「俺たち?」
「ああ。なぁあんた、その作戦の話し合い、俺とその裁縫部長もいていいか」
思わず聞き返すと、黄長瀬に視線を向けられ、反射的に美木杉は頷いた。筑前煮を咀嚼して飲み込んでから、猿投山が独り言のように笑いながら言った。
「情報統括部部長に裁縫部部長が要り用か。何か新製品でも出すつもりか?」
「そんなところだ。俺とこいつはこれでも元々研究畑出身でね」
「え゛っ」
「おいなんだ今の音、蛇がひしゃげたような音がしたぞ」
「大体あってるよ猿投山」
「何よ!! だってこの偽教師ならまだともかくこのムキムキモヒカンがまさか元研究員とは思わないでしょう!?」
「俺は見えないからな」
「僕は元々知っていたからね」
「犬君はともかく猿君はご自慢の心眼通でわかるでしょ。違うわ、あんたその目を縫う前にこいつのこと見てるわよね!?」
「二つ、いいことを教えてやろう」
喧々と騒いていた学生たちがピタリと止まり、無言で「でた」という顔をして黄長瀬の方を向いた。犬牟田は心なしか目を輝かせて端末を取り出してそれを操り始めた。
「一つ、俺たちの知識と技術を集めれば、服型カバーズを倒すことができる武器が作ることができる」
残っていた味噌汁をすすり、「ごちそうさん」と行儀よく手を合わせてから彼は食器ののったプレートを持って立ち上がって、こう言い置いて去って行った。
「二つ、そいつに必要なのは、必ず助け出すことができるという、希望だ」
「……犬君、何やってるの」
「あの人がいくつぐらい『いいこと』を知っているのかと収集し始めたら止まらなくなったんだ」
「何かカードとかシールの収集癖みたいにいってるけど絶対に違うぞそれ」
「『いいこと』っておばあちゃんの知恵袋とかそんなんじゃなくて、単にその時言いたいことを『いいこと』っていってるだけだからね、紬は」
作品名:近いか遠いか、そんなの手を伸ばせば分かる事じゃない 作家名:草葉恭狸