近いか遠いか、そんなの手を伸ばせば分かる事じゃない
「じゃくずれせんぱいっ」
「へっ? ……ちょっと、何よ!」
廊下を歩いていると、急に腕をつかまれぐいぐいと廊下の分かれ目の影に引っ張り込まれる。慌ててそれを振りほどいてから、蛇崩は呆れたように言った。
「なぁんだ、アンタか。劣等生」
「だから満艦飾マコです! じゃなくって! 突然すみません、蛇崩先輩にひみつのご質問がありましてっ」
大げさに動いていた満艦飾が急に声をすぼめて言った言葉に、蛇崩は知らず笑みを深める。
「ふぅん、ひみつねぇ?」
「はい、ひみつです。……先輩、ひみつにしててくれますか?」
「ふん。本能字学園生徒会長四天王のひとり、文化部統括委員長、蛇崩乃音様をなめるんじゃないわよ」
胸を張ってそういった蛇崩に「よかったあああ」と胸を撫で下ろす満艦飾だったが、ここに猿投山や犬牟田がいれば「おいそいつ秘密にするとは一言も言ってないぞ」「ある意味彼女の台詞通りにとるのが正解だね」と各々つっこみをいれていたかもしれない。現に蛇崩は胸を高鳴らせていた。満艦飾に「劣等生」と蔑称ともいえるだろう呼び名をつけ、あまり彼女と親しくしていない自分にわざわざ彼女が「ひみつ」を話すなんて理由は相当限られている。彼女の家族や親友、そして彼女と親しくしている風紀部委員長に話せない理由! 蛇崩は「本能字四天王の一人」で満艦飾より「年上」で「同性」である。いや、こうやってキーを集めずともここ一か月の風紀部委員長の態度と先日大阪で交わされたラブコメのテンプレートのような会話からなんとなく察することはできる。目の前でヒロインをさらわれ、離れている間に思いを自覚し、自分の手で助け出す。そしてヒロインはヒーローへの想いを芽生えさせるのだ。全国各地の映画館で上映されていそうなラブストーリーのような、あくびも出ないほどの王道そして典型ではないか!
「さ、劣等生。質問があるんでしょ。いってみなさい。聞いてあげるから」
普段と比べたら親しみをこめて、優しく蛇崩は満艦飾に問いかけた。
蛇崩はひみつを守るだろう。しかし「そのひみつの内容を知っている」ことを利用しない手立てはない。
さあ、あの一か月周囲を心配させやきもきさせたあの男をどうしてやろうかと蛇崩は舌なめずりをした。
「はいっ。……その、蛇崩先輩」
まるで思いつめたような顔をして、満艦飾は言った。
「なんで蟇郡先輩は、私を助けてくれたんでしょうか」
暫く間があいて、蛇崩は大仰に片手を額に当てて天を仰いだ。
「そーこーかーらーかー!」
「どうしましたか蛇崩先輩!?」
「ええ、ちょーっと、あんたの劣等生っぷりをなめきってたわ。……何あんた、ガマ君に助けられたくなかったわけ?」
「そうじゃないです!」
期待が外れ力の抜け切った蛇崩に対しぐいと迫り、満艦飾はいつものように勢いをつけて語りだした。
「私があのペロペロ洋服に捕まった時、私はきっと流子ちゃんが今までみたいにかっこよーく助けてくれるんだろうなと思ってました! でも流子ちゃんはマコのところにきませんでした、なぜなら自分のことでいっぱいいっぱいだったからです! これは別にいいんです、しょうがないんです、私だって試験勉強の時に流子ちゃんに助けてって言われても自分の勉強でいっぱいいっぱいですし助けることなんてできませんっ! じゃあ次に助けに来てくれるとしたら、とーちゃんたちだと思ってました! でも違ったんです、蟇郡先輩だったんです!!」
「はあ」
「先輩は又郎と約束したから私を助けてくれたって言ってました、でも又朗が見つかる前から、とーちゃんとかーちゃんは先輩が自分たちを気にかけてくれていたって話してくれました! しかもマコの代わりにって流子ちゃんのところにもよく見舞いに行ってたって!」
「あー、そうね、そういうことになってたわね」
「そして! 蛇崩先輩はここにいる中で蟇郡先輩とお付き合いが長いとお聞きしました!」
「ちょっとその言い方別の意味に聞こえるからやめてちょうだい。ちなみにだれにきいたの」
「何でも知ってそうな犬牟田先輩です!」
「あんの犬っころ覚えときなさいよ。……そーね。皐月様の次ぐらいには長いかしら?」
「それでそれで! そんな蛇崩先輩にお聞きしたいんです!
流子ちゃんはマコを助けてくれるし、私は流子ちゃんについていきます! なぜなら親友だからです!
とーちゃんたちは私を助けようとしてくれるし心配してくれます、私もそうです! なぜなら家族だからです!!
でも蟇郡先輩はどっちでもないんです! どうしてマコのことを助けてくれたんですか? 不思議で不思議でいつもぐっすり快眠です!」
「快眠だったらいいじゃない」
悪態をつくように吐き捨てたが、ふと思い当たることがあり、蛇崩は少しの間考え込んだ。満艦飾はひみつの質問だといった。その質問をする相手として、「本能字四天王の一人」で満艦飾より「年上」で「同性」で、満艦飾に「劣等生」と蔑称ともいえるだろう呼び名をつけ、いくら蟇郡との付き合いが長いとはいえあまり彼女と親しくしていない自分を選んだ。彼女が自分の家族や親友、そして当の本人である風紀部委員長に尋ねに行かないのは何故だ。そうだ。いつもみたいに馬鹿正直に本人に尋ねればいいのだ。赤面してうろたえる風紀部委員長というそれはそれは面白い絵面が見られることだろう。しかし満艦飾はそれをしなかった。蟇郡に尋ねることを避けた。
知らずにたりとあくどい笑みが蛇崩の顔に浮かぶ。それを一瞬で引っ込めて、彼女は努めて普段通りを装って満艦飾にいった。
「でも、そうね……あんたが本能字学園の生徒だからじゃないの?」
「……え」
いつも忙しない満艦飾の顔から表情が抜け落ちる。この時点で蛇崩は心の中で勝利の高笑いを響かせていた。
「知ってるでしょう、劣等生。ガマ君は馬鹿真面目なのよ。聞いたわよ、壊惨総選挙のとき、転校生と一緒にいたにもかかわらず道路で立ち往生してたら車に乗せてもらったんだって? あのときあんたたちとガマ君は敵同士だったのにねえ?」
「そ、そうですけど」
「厳しいけれど、生徒全員をおもんぱかってるのよ、あの風紀部委員長。確かに転校生がきてからあんたとガマ君はちょっと会話をしたわ、でもほんのちょっとだったでしょう? あんたが服の中でぐーすかしてる間にあんたの家族の方が会話してる量は多くなってるかもしれないわよ?」
「うう」
「ガマ君があんたたち家族を気にしてくれてるのも、それはあんたがガマ君の目の前で服に食べられちゃったからじゃないの、劣等生? あたしだって目の前で人が服に食べられたら寝覚めが悪いわ。しかもあんたとガマ君は顔見知りですもんねえ? そーね、だから、もしアンタじゃない顔見知りの子が食べられちゃってたりしても、同じようにするんじゃない?
……あら、何か納得できていないみたいね?」
作品名:近いか遠いか、そんなの手を伸ばせば分かる事じゃない 作家名:草葉恭狸