Dear
後半は小声で、ともすれば独り言に聞こえかねない声だったが私には届いた。
『ありがとう』
顔を赤くして、うつむきながら心の中で呟いた。
「そういえばミクねぇ。誕生日もうすぐだけど、なんか欲しいものなる?」
一瞬頭の上に『?』が浮かんだが、すぐに自分の誕生日なんだと気づく。
「いいよいい!いっつもいろいろしてもらってるのにこれ以上レン君から物受け取るなんてできないし!」
「えー?俺は別にいろいろあげてるつもりもないんだけどなぁ。」
少し困ったようにレンは言う。それでも、受け取れないものは受け取れない。
「じゃ、じゃあ当日に『おめでとう』って言ってくれたらそれでいいよ!それだけで十分嬉しいから!」
「でもそれだけじゃ俺が満足できないしなー。じゃあ、勝手に用意しといていい?」
悪戯っぽく言うとレンはうれしそうに笑う。それじゃあここで断ってる意味がないでしょう!
「大丈夫だって!今日だってストーカー追い払ってもらったのに・・・どんな顔して受けとればいいのよ・・・」
語尾の音量が小さくなりながら顔をうつむかせて赤くなる。
そんな私を見て、やっぱり悪戯っ子ぽく笑うレンは風呂に入りたいからっと言い、私を脱衣所(洗面台)から追い出した。
どうしたら強くなれるんだろうなぁ・・・
そう思いながら、自分の部屋に戻る。
そんな答えの見えない問を自問自答しながら、着替えを済ませ朝食を取り学校へ向かった。
朝の一件からまだ少し落ち込んでる感を引きずってはいたものの、教室に到着して友達と談笑している内にそんな感じは薄くなっていった。
朝の連絡も終わり、今日も授業が始まる。
一限目の教科は国語。
日本語を勉強するのは、歌詞を理解するのにも訳に立つような気はするし、なにより物語を読むのは好きなので楽しい教科。
今日はどこからだっけ------------
そんな事を考えながら授業開始の合図を待っていると、予想より早く教室の扉が開いた。
遅刻をした生徒か、国語の先生が早く来たのかと思ったが、そこには担任の先生が慌てた様子で扉を開けていた。
「ミク!ミクはいるかー!??」
御年五十歳になる男性教諭はいつもの落ち着いた声ではなく、扉を開けた時と同じくやはり慌てた様子の声で私を呼んだ。
呼び出されるような事、した覚えはないんだけど・・・
そう思いながらも、少しビクビクしながら返事をした。
「あ、はい。私はここですけど・・・」
「よし、ちょっと来てくれ。」
慌てた様子の先生に連れられ、職員室横の生徒指導室に呼び出された。
生徒指導室って・・・やっぱりなんかしたのかな・・・?
身に覚えがないながらも、こんな所に呼び出された時点でなぜか自分が犯罪者になったような気分になってしまう。
少し挙動不審になりながら椅子に腰掛けると、先生も向かい側の席に座りいつもの落ち着いた声でゆっくりと喋りだした。
「・・・とりあえず、今から言う事を落ち着いて聞いてほしい」
「はぁ・・・」
っと、間の抜けた返事をしながら
『どうやら怒られるのではないらしい』
と判断して少しホッとしていた。
しかし、その安心はすぐに消し飛ぶ事になる。
「今親御さんから連絡があってな。・・・弟さんが事故に遭われたらしい」
「・・・え?」
事故?
なにを言っているの?
先生の言っている事がよくわからない。
「登校中に、車に撥ねられたらしい。ご両親も慌てていたようで詳しい事はわからないが、
先生が車で病院へ送るから今日は早退しなさい」
「事故・・・撥ねられた・・・レンが?」
一瞬でパニックになった。
今朝元気にランニングしてたのに・・・。
レン・・・嫌だ・・・もし、もしレンになにかあったら・・・
考えたら、涙が溢れ出ていた。
「ミク!落ち着け!まだなにも詳しい事はわからないんだ。きっと弟さんなら大丈夫。」
先生が励ましてくれいるのはわかった。
でも、素直に頭に入ってこない。
悪い想像ばかりが広がって行く。
もしかしたら、もうレンは・・・・
頭を抱えてしまい、動けなくなった私の手を先生は引っ張った。
「とりあえず行くぞ!」
「あ・・・・」
パニックのまま車に乗せられ、病院へ向かう。
私は車内で悪い想像ばかりする自分を落ち着かせるのに頭を抱え、ただ俯いているだけだった。
『レンは大丈夫』
ずっとその言葉だけを繰り返し唱えながら。
車が病院に到着すると同時に、私は車を飛び出した。
後ろで先生が制止する声は聞こえたが、止まってなんかいられない。
周りの目も気にせず、全力疾走で受け付けまで行き、レンの病室を聞いた。
「あの・・・レンって子が運び込まれたと思うんですけど!!」
受け付けの女性は少し驚いた風を見せたが、すぐに名簿を調べて教えてくれた。
「救急で運ばれた子ですね。えっと・・・すでに処置は終えて、病室です。八階ですね」
それを聞いた私はまたすぐに駆け出した。
すぐに階段が目に入ったので、エレベーターを探すことなく階段で八階を目指す。
今考えると、この時エレベーターを見つけなくてよかったと思う。
きっと、慌てるあまりエレベーターの中でじっとしていられなかったから。
階段で八階と言うのはかなりしんどい物で、到着した時には息は上がりきっていて、足も信じられないくらい重かった。
幸い、八階に上がってすぐレンの名前が付いた病室を見つけることができた。
「レン・・・」
ここまで全力で止まることなく駆けつけたのに、扉の前で躊躇してしまう。
もし、レンになにかあったら・・・
この扉の先のレンは、どうなっているのか・・・
知りたい。
今すぐに知りたい。
でも、もし取り返しのつかない様になっていたら・・・
そう思うと、知るのが怖い・・・
たっぷり三十秒以上は扉の前から動けなかったと思う。
そして、病室に入る決意を固める前に、目の前の扉は突然開いた。
ガラッ
「あら、ミク!」
母だった。
「お、お母さん・・・・」
まったく覚悟の決まっていない状態だった私は、完全に不意を突かれて呆然となった。
「ミク・・・随分早かったのね」
二言目の母のセリフでフッと我に返り、恐る恐る問いかけた。
「お母さん・・・レンは?レンは大丈夫なの??」
母は表情を緩め、すぐに答えを返してくれた。
「・・・うん。中入って、話してあげなさい。暇そうにしてるから」
その言葉を聞いた私は、すぐに母の横をすり抜け病室に入った。
清潔なシーツで包まれたベットの上に、レンはいた。
左足と左腕はギブスで固定され、頭には包帯がグルグルに巻いてある。
それでも、レンは私を見るなり元気そうな声で嬉しそうに話かけてくれた。
「おぉ!?ミクねぇじゃん!!どうしんたんだよ??学校は??」
元気そうなレンを見て、心の底から安心したが、同時に怒りも込み上げる。
「どうしたじゃないでしょ!!事故ってどうゆうことよ?学校に連絡あって、すぐに飛んできたんだから!」
普段あまり怒る事のない私だが、この時ばかりは頭が真っ白だった。
思った事を、感情のままにレンにぶつけてしまった。
レンは悪くないのに。事故にあっただけなのに。
私に怒鳴られて少し驚いた表情をしたレンだったが、すぐにいつもの調子で事のなりゆきを話してくれた。