Dear
--あれ・・・さっきまでちっちゃかったのに・・・---
混乱気味でミクねぇを見つめながら頭を整理する。
--ああ、そうか。これ、もう時間ないのかな--
不思議と、すぐに考えが整った。
とても怖かった。
死んだらどうなるんだろうっとか、家族はどれだけ悲しむだろうっとか。
でも、それより目の前でミクねぇが泣いていた。
きっと、ミクねぇは自分よりもこの状況が理解できているんだろう。
だったら、カッコつけたいな。
とりあえず、笑う。余裕のある男ってかっこいいもんな。
笑いながら考える。
なんて言おう。
多分、最後の言葉になるかな。あんまり時間もなさそうだし、会話は無理かな。
あー・・・段々考えるのもしんどくなってきたな・・・・
とにかく、ミクねぇになにか言わないと。早く、泣き止んでもらわないと。
「・・・い・・・」
あれ?思ったより声が出ないな。
ミクねぇが耳を近づけてくれた。
よかった。これで聞こえないって事もないだろう。
ミクねぇ、やっぱり可愛いな。
ミクねぇ、もっといっぱい話したかったな。
ミクねぇ、俺がいなくなった後は元気ですごしてくれるかな。
ミクねぇ、笑ってほしいな。やっぱり笑顔が見たい。・・・・俺がこれじゃ無理か。
ミクねぇ、真っ白なドレス、似合うだろうな。見たかったな。
ミクねぇ・・・・
「・・・い・・・ままで・・・あり・・・が・・・と・・・・」
彼の最後の言葉を聞いた直後、お医者さんや看護師さんが一斉に部屋なだれ込んで来た。
そして、私とレンは引き離された。
私は離れたくなかった。
抵抗した、泣き叫んで抵抗した。離れない。側にいる。それだけを叫んで。
完全に混乱状態だったと思う。
それでも、引き離され看護師さん二人掛かりで押さえつけられているとレンはすぐに運ばれていった。
視界からレンが見えなくなるまで叫んでいた。
レンが私の見えないところに連れて行かれるのが怖かった。
もう、帰ってこない気がした。
いや、多分その時点で私にもわかっていたんだと思う。
レンはもう帰ってこない。ただ、それを認めたくなかった。
それを認めようがなかろうが、現実はなにも変わらない。
今レンの側にいたところで、レンが助かるかどうかなんて変化しない。
分かっていた。頭では分かっていた。
でも、感情が拒否した。側に居たいと言って聞かなかった。
それでも、レンが乗せられた担架と共にドアから消えていくともう拒否はできない。
嫌でも理解する。感情が頭で考えている事を受け入れてしまう。
レンは、もう帰ってこない。
そんな考えを受け入れてしまうと、もう体を動かし声を上げる事もできなくなった。
そこから、信じられない速さで時間が進んでいったような感じだった。
私はその場に居た看護師さんに連れ添われ別室に連れて行かれ、その看護師さんと二人でいるところにしばらくすると父が現れる。
私の記憶で、あれ以上厳しい顔をした父の顔を見たことがない。
「ミク!?大丈夫か!なにがあった!レンは!?」
早口でまくし立てる様な父の質問には、私の代わりに隣の看護師さんが説明してくれた。
事の顛末を聞いた父はしばらく言葉を発する事はなく、その場に立ち尽くす。
そして、しばらくの沈黙の後に私の頭に手を置いた。
「メイコが来たら、お風呂に連れて行ってもらいなさい」
血まみれのままの私を気にしてか、それだけを言い横に用意してあった椅子に腰を掛けた。
そして、母が来てリンが来てルカが来た。
母とルカは父と同じくらい厳しい顔で父から事の顛末を聞き、それを一緒に聞いていたリンは途中で泣いていた。
父の説明が終わってすぐ、私は母に病院のお風呂に連れて行かれ全身を洗われ、着替えをさせられた。
母はその間無言だったが、全身の血を洗い流した後ただ、抱きしめてくれた。
そのあいだ、私の心と体は無気力のままだった。
父の言葉には反応せず、母の抱擁にもなにも、反応しなかった。
そして、どれくら時間が経ったのか分からないが、先生が部屋にやって来て現状を話はじめた。
全力を尽くした。
助かるかどうかは分からない。
この二つだけは、私の耳にしっかりと残った。
そのまま家族はレンの寝ている集中治療室へと案内される。
私はその場を動かなかった。
もう、意味を持たない事を悟ってしまっていた私は今のレンの顔を見ることはできないと思っていた。
そして、私たちの居る部屋にベットが用意される運びとなり家族全員そこで一夜を過ごすことになる。
ただ、誰も寝ようとはしなかった。
言葉の交わされない部屋で、家族はみんなずっと椅子に座っている。
ベットのシーツは運ばれた時となにも変わらずパリッとした質感を残したままの一夜が明け、そして、レンが担架に乗せられて運ばれていった時からずっと分かっていた事。その宣告の時はあっさりと訪れた。
レンの葬式は盛大に行われた。
全国的に有名人だったレンの為にいろいろな人が突然の別れを惜しみに来た。
そして、このショッキングな事件はメディアにとっても興味深々だったようで少なからず会場の外にはテレビカメラも見て取れる。
私はあの日からずっと無気力のまま。
葬式には出席したものの、部屋の隅でずっとレンの遺影を眺めているだけ。
泣きもしない、怒りもしない、嘆きもしない、しゃべりもしない。
ただ、無表情にずっと写真の中のレンの顔を眺め部屋の隅で丸くなっていた。
父は気丈に喪主の役目を果たし、その横で母もまた、気丈に振舞っていた。
ルカは時折涙を零し、リンの涙は止まることなく流れる。
ずっと眺めていたレンの遺影が、どことなく不安そうに見えたのはきっと気のせいだろう。
葬式が終わってから、私は部屋から出なくなった。
ひたすら一人で膝を抱えていた。
何度も話をしに着てくれた両親も無視し、顔も合わせなかった私に、母は毎日食事を用意してもってきてくれていた。
それを最低限しか食べない私をとても心配していたらしい。
それでも私は、部屋の中に引きこもり続けた。
一日中暗い部屋の中で考えていたことは、一秒の例外もなくレンの事だけだった。
一瞬の静寂の後、講堂には拍手の嵐が起きた。
全力を出した一曲は終わり、その余韻に浸り瞼を開けられないでいたが、鳴り止まない拍手にゆっくりと瞼を持ち上げる。
世界は、輝いていた。
体験したことのない拍手の渦。
最高まで高まった感情は、拍手の音でさえ具現化させ輝かせて見せる。
今までも、歌い終わった瞬間は達成感で満たされていた。
今日は、その比ではない。なにもかもが桁違い。
自分の最高は今この瞬間ではないかと勘違いしてしまいそうな程に。
それだけ、ここに賭けてきたものをすべて発揮できたんだ、と思った。
そして、拍手の中心で私たち深々と頭を下げた。
それに合わせて緞帳も下がっていく。
それでも、拍手は鳴り止まない。長く長く、鳴り続ける拍手は私たちの選んだ道が間違いの無いものだといってくれているようにも感じた。
控え室に戻った私たちは大騒ぎだった。
友達と抱き合いながら喜ぶ人。
ほっとしたように座り込む人。
感極まって泣いてしまうもの。
それぞれがそれぞれの方法で、喜びを爆発させていた。