Dear
自分で心配ないと言っておいて、結局は両親に心配を掛けていたんだと思うと、申し訳ない気持ちが膨らむ。
しかし、それとは別に、姉の言葉に違和感を感じる。
「ねえ、ルカちゃん・・・なんで父さんは、レンが・・・その、私を・・・好きだったって言い切ったのかな?」
そう、ルカが聞かせてくれた話によると、父は言い切ったのだ。レンが私を好きだったと。
中学生の時のあの話は私と両親の話し合いで、レンは立ち聞きしていただけだったはず。
それとも、私の時のようにレンにも話をしたのだろうか・・?
「ああ、私もそれが気になってさ。同じ質問をしたよ。そしたらさ、レンのやつ中学校卒業する時に父さんに直接直談判しに行ったらしいよ。『俺はミクねぇが好きだ!諦めねぇ!だから、二十歳超えたら認めてくれ!』って言われたって。信じられないよね。聞かれる前に自分からカミングアウトしちゃうなんて」
姉はその時の弟の姿を想像していたのか、少し笑いながら話していが、私は驚きのあまり目が点になっていた。
直談判?父さんに?血の繋がった姉が好きだって?
私の目が点から戻るのを待たずに、姉はさらに続ける。
「それでさ、ミクは気づいてた?丁度それくらいの時期から、父さんとレン、ほとんど直接話ししてないんだって。で、定期的にレンが直談判に行く度に父さんが突っぱねて喧嘩になる。結局、最後までまともに話もできなかったって父さん、すっごい後悔してた」
・・・そうなんだ。
レンは私の前だけじゃなくて、もう両親に打ち明けていて、その上で認めてもらおうとしてたんだ。
信じられなかったが、レンならば有得るんじゃないかとも思える。
ただ、そのせいでお父さんとレンは分かり合えることができないまま、もう話もできなくなってしまったと思うと、とても申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
「ミクが気にする事じゃないよ。これは父さんとレンの問題だったんだから。それに、母さんは半ばレンにミクを諦めさせる事は無理じゃないかって思ってたらしいし。っと、ちょっと話がそれちゃったね」
レンの起こしていた行動を聞き、驚いてばかりでそもそもなぜこんな話になっていたのかも忘れていた。
「それでさ、それを聞いたときにミクが部屋に篭っちゃったのはあの時のショックとか、弟を失くしたショック以上に・・・レンを、大好きな人を亡くしてしまったショックだったんだなって思ったの。で、心配だったってわけ。すごくすごく心配だった」
姉の視線がまっすぐに私のほうを向く。薄暗い部屋でも、ピンク色の瞳に浮かぶ涙がハッキリと見て取れた。
「ミクまで・・・死んでしまうんじゃないかって・・・レンだけじゃなくて、ミクまで一緒に、いなくなっちゃうんじゃないかと思って・・・」
瞳に浮かんでいた涙は、姉の言葉と共に溜まっていき、ついに溢れた。
そして、堪えていたものが涙と一緒に溢れ出るように嗚咽をもらす。
こんな姉見たことは、私の記憶にはない。
いつも強く、冷静で、飄々としているイメージの姉はそこにはいなかった。
目の前にいるのは、家族を心配して、失いたくなくて、涙を流している姉だった。
・・・胸が痛い。
なにが起きても強くいられると思って勝手に思っていた事を。そうゆう風に姉を見ていた事を。
私が一人で閉じこもっている事が、こんなにも家族を不安にさせている事実に、今更ながら気づいた事に。
そして、私は実際、姉が心配していたように・・・
「・・・ルカちゃん、ごめん。私・・・私・・・」
涙を流し続ける姉の瞳を見続けながら、私もの瞳からも涙が溢れ出す。
「死んじゃいたいと・・・思ってた。一人で、ずっとレンの名前を叫んで・・・レンに、会えるかなって・・・でも、出来なかった。これ以上家族に悲しい思いもさせたくないし・・・きっと、レンは自分で人生を終わらせちゃった私なんかには、会いたくないんじゃないかって・・・」
そこまで言った私を、姉は再び優しい温もりで包んでくれた。
「よかった・・・ミクが今、生きてて。私も、リンも、父さんも母さんも、どうしていいのか分からなかったの。なにを言っても私達にはすべてを理解する事はできない。なんって言葉を掛けていいのか分からない。ごめんね、苦しい時に見ていることしかできなかった姉で・・・」
私も、しがみつく様に再び、姉の体に腕をまわした。
「そんな事ない・・・私が勝手に一人で、相談もしないで、部屋に閉じこもってたから・・・みんなにすっごい心配かけちゃって・・・相談すればよかったのに・・・レンみたいに、打ち明けれたらよかったのに・・・ごめんね、弱い・・・弱い妹で・・・」
部屋に二人の嗚咽が響く。
どれだけの時間泣き続けたのかわからない。
ただ、自然に涙が止まるまで二人でずっと、泣き続けた。
どれだけ二人で泣いていただろう。
しばらくして、ゆっくりと涙の流れも緩やかになっていき、そして、互いに抱きしめ合っていた腕をどちらから供なく解いていく。
姉は少しスッキリした顔で、口を開いた。
「それでさ・・・私、自分がやりたい事って言うか・・・やらなきゃって思う事、見つけたの」
「やりたい事・・・?」
「うん。今の仕事も嫌いなわけじゃないんだけどさ。ミクも心配だったし、やりたい事やる為には辞めるしかなかったし」
昔からあまり熱くなる事がなく、それでいて、なんでも平均点以上にこなす姉が自分からなにかをやりたいと言ったのを初めて聞いた。
「そっか・・・それで、そのやりたい事って言うのは?」
聞くと、姉はまた少し顔を赤くした。
そして、恥ずかしそうに少し俯いて「笑わないでね?」っと言った後に話してくれた。
「実は・・・カウンセラーになろうと思うの」
「カウンセラーって・・・心理カウンセラー?」
私はキョトンっとした顔で聞き返した。
姉とカウンセラー。どうしても繋がらない。
「うん、そう。心理カウンセラー」
「なんで・・・カウンセラー?」
「やっぱりさ・・・レンがいなくなっちゃってから、いろいろ考えたの。自分の事とか、人生の事とか」
そして、まっすぐと私の方を見る。
さっきとは違って、その瞳に涙の色はなくいつも通りの姉の瞳。
いや、気のせいでなければいつもよりも強い、ピンクの瞳だった。
「なにより、やっぱりミクを見てて・・・なんとかしなきゃって思ったの。思ったけど、なんにもできないって言うのがハッキリ分かった。今の私にはなんにもできない。力も知識ない。妹一人、助ける事もできない・・・自殺しないように監視しとくくらいしか出来なかった。今まで大抵の事はうまくやってきたのに・・・今回は、本当になんにもできない。それが悔しくてさ」
私を見つめる瞳は徐々に険しさを増していく。
それだけで、姉がどれだけ自分を責めて責めて、追い込んでいたのか・・・容易に想像できた。
「それだけじゃない。他にミクみたいに、どうしようもなく苦しい状況の子がいっぱい居ると思うの。そういう子も、助けたい。苦しんでいるその子はもちろん、それを見ている事しか出来ない家族も、すっごく苦しい。だから、勉強する。勉強して、そういう子を一人でも、助けたい。もちろん、最初はミクだよ。全然ダメダメなんだろうけど、これが私の最初のカウンセリングだから」
・・・すごいな。