Dear
ほんとは学校を休んででも行きたかったが、中学生が集う大会で学校をサボって見に行けばすぐ見つかり、空手部の先生に怒られるのは目に見えてる(私の髪は目立つし)。
ただ、そんなに慌てなくても弟がさっさと負けてしまうなんてありえないのは分かっている。
それでも、少しでも早く真剣に戦う弟を自分の目で見たい衝動が抑えられず、苛立ちばかりが募っていた。
「・・・で、あるからして、ここは・・・・」
先生の話なんてまるで耳に入ってこない。
今頃レンはちゃんと勝ち進んでるだろうか?怪我はしてないだろうか?お昼ご飯忘れたりしてないだろうか?
そんな事ばかりが、私の頭の中で巡りまわる。
「ねぇねぇミクちゃん。さっきから時計ばっかり見てどうしたの?」
周りには聞こえないように、隣の席に座る友人、カルが話しかけてきた。
「いや、なんでもないよ。ただ、今日はちょっと早く帰りたいだけなんだよ」
「ふ〜ん・・・」
なにやら意味心に返事をしたと思ったら、今度は満面の笑みで口を開く。さわやかな笑いではなく、かなりやらしい笑い方ではあるけど。
「もしかして、弟君の事?あ、そーいえば今日は空手部の試合だっけ。弟君、入部してすぐにエース扱いだもんね!すごいよねー。見た目もかなりカッコいいし、人当たりもいいし、人気者だし・・・お姉さんとしては、悪い虫が付くのが気になるのかな??」
「ちょ!そんなのじゃないってば!!」
ついつい声のボリュームが上がってしまった。
「そこ・・・うるさい。私語は周りに聞こえないようにしなさい」
「す、すいませんでした・・・」
赤面しながら先生と周りの生徒に謝りつつ、隣を見るとカルは楽しそうにニヤニヤしている。
あんたの所為だって言うのに・・・
「そんなにムキになるなって。相変わらずウブだねぇ。ぷくくく・・・」
「もう!カルがあんなこと言うからでしょ!私は、ただレン君の応援に行きたいだけだし!」
そこで弟絡みという事を言ってしまう辺りが、カルにウブ扱いされる要因だとはこの時は気付いてなかった。実に幼い。
そして、先生に怒られたい程度のボリュームで話は続いていった。
「なんだ、やっぱり弟君じゃん。あんたらも仲いいねー。しょっちゅう一緒にいるって感じ。二人の世界みたいなの作ってるし・・・ねえ、あんたらホントに姉弟?実は血が繋がってないとか??」
すこしギクっとした。正直、血が繋がって無ければいいのにって思った事はある。ただ、そんな事は人前で言える訳もない。私が抱く気持ちは人に知られてはいけないんだとその時の私はとっくに理解していた。
理解しつつも、周りからは関係を疑われる程には、自分を抑制出来ていなかったわけだが・・・
「そんなアニメ見たいな設定ないです!完璧に姉と弟です!ただ仲がいいだけじゃん・・・仲悪いよりいいでしょ??」
内心慌てたのを隠しつつ、当たり障りのない返答をした。それでもカルはその回答に不満そうな顔をしている。
「まあ、あんたが言うなら血は繋がってるんだろうけど・・・それならそれで、一層アブナイ関係に見えちゃうねぇ」
「あ、アブナイ関係?なに言ってるのカル??」
このカルの言葉には流石に動揺を抑えることができなかった。
「いや、だってさ。あんたら二人で居るとこ見ると、どう見てもカップルだよ??ラブラブオーラやばいし!完全に美男美女カップル!!それでいて一緒に居るのがすごい自然に見えるのよ!すげー付き合いの長い夫婦みたいって感じかな??」
「美男美女は言い過ぎだよ・・・まあ、レン君が産まれてからずっと一緒だから確かに付き合いは長いね・・・」
「姉弟ってのは、この歳になると普通あんな風にはならないけどねぇ・・・反抗期って言うかさ。だから、アブナイ関係に見えるのよ。それにさ、ミクの弟君を好きな女子かなり多いと思うんだけど、ミク気付いてる??」
「え?そうなの??」
「そらそうだよ。あの容姿で、入部早々空手部エース。誰にでも優しくて頼りになると来たもんだ。あんな男の子、なかなか居るもんじゃないよ」
「で、でもそんな話レン君から一回も聞いた事ないんだけど・・・」
「原因は、あんただよミク」
「・・・・え??」
もはや動揺を抑えようと言う気もなかった。カルの口調がおふざけの口調から大真面目になっていたのも、動揺を加速させる要因になっていたんだと思う。
「いい、ミク。あんたはハッキリ言ってどうしようもなく美人なんだよ。そんな美人さんが憧れの男の子の側にずっといるわけ」
「べ、別に私はそんな美人じゃ・・・」
あまり容姿を褒められる事は得意じゃなかった(ただ恥ずかしかっただけ)ので、カルの言葉に訂正を入れようとしたが、カルはそれをねじ伏せて言葉を続ける。
「美人なの!ちゃんと鏡見なさい!・・・で、その美人さんと楽しそうにお喋りしてる憧れの男の子を目撃しちゃったらその子はどう思う??」
「え・・・っと・・・彼女さんが居ると思うのかな??でも、私は姉だよ?」
「そう、彼女が居ると思う。自分じゃとても敵いそうにないから、そこで弟君へのアタックはなくなる訳だ」
「で、でもさ!さっきも言ったけど、私が姉って事はその子もそのうちわかる事じゃないかな??」
カルは、私の目をジッと見ながら言った。
「そう。普通ならそこでまた弟君へのアタックは再開されるはず。でも、そうならないんだよ、弟君の場合は」
カルの声は、真剣そのものだった。
「いい、ミク。弟君とは結婚できないんだよ??」
「そ、そんなこと・・・」
「分かってない」
私の言葉は有無を言わさず遮られた。
「弟君は弟なの。ミクは姉なの。それが中学生にもなって、ラブラブオーラを出してるって言うのは、異常なんだよ。普通じゃない。あんたら二人を見た後に姉と弟だって知ったところで、再アタックしようなんて思えないもん。そんなけ姉弟って枠を超えちゃってるように見える」
衝撃だった。周りからそこまでに見えていた事に。
それと同時に、なぜカルからこんな事を言われるのか不思議に思った。
「ねぇ・・・カル。もしかしてカルは・・・」
そこでカルは、言葉が言い終わるより早く私の言葉を読み取り、慌てて言葉を遮った。
「ちょ!!違うって!!私が弟君の事好きだったとしたら、私ただの嫌な女じゃん!!私そんなのじゃないって!!」
「で、でも・・・なんでそんなに詳しく・・・??」
カルは言っていいかどうか少し悩んだ後、後ろめたそうに口を開いた。
「実はね、後輩から相談されたんだよ。何人も。ほら、私って女なのに年下の女の子にモテるじゃん?それで、いろいろ聞く事があってさ。ミクの弟君を好きだって子は、みんな同じ事言ってた。それで・・・ちょっと心配になっちゃって」
「心配・・・って?」
私が質問を投げかけると、カルは再び私の目を真っすぐ見て言った。
「このままだと、弟君もミクも、幸せ逃しちゃうんじゃないかって。実は、ミクが男に言いよられないのって、弟君と同じパターンなんだよね。だから、このままその状態だと、ミクも弟君も他の異性を気にしないまま成長して・・・その・・・つまり・・・」
カルが言いたい事は分かった。私とレンが、禁断の関係になる事を心配している。当時の私でも、それがいけない事だと言うのはすでに分かっていた。