Dear
だから、私は上手く隠せてると思ってた。
でも、思ってるだけだった。誰が見ても、怪しい状態だった事に少なからずショックを受ける。
それでも、なるだけ平静を装い、笑顔でカルに答えた。
「もう・・・大丈夫だって。私とレン君はただ仲のいい姉弟だって。心配性だなぁカルは。でも、ありがとう。きょうつけるね。どうも幼稚園くらいからの癖でレン君にはベタベタしちゃうんだよね」
「うん・・・でも、仲のいいのはいい事だよ。仲悪くなるのはダメだよ!」
「わかってるって」
そこで授業の終わりを告げるチャイムが鳴る。
泣きそうだった。
自分では、レンが好きなのは分かってて、それが世間ではあってはならない事だって事も分かってる。
でも、ホントは分かって無かった。
心のどこかで、ずっと好きでいればいつかきっと結ばれるんじゃないかって思ってた自分がいる。
そもそも、それが間違いだったんだって気付かされた。
カルの言う事は正しい。
いくら私がレンを好きでも、姉弟である以上絶対に幸せにはなれない。
それを改めた思い知らされた。
チャイムが鳴り終わり、先生が教室を出ると同時に私も教室を出て、ぐちゃぐちゃの頭でレンのいる試合会場へ向う。
挨拶はちゃんとしたような気がする。
あまり記憶にはない。
あれだけカルに言われて、自分でも言い聞かせてたのに、ほとんど無意識にレンに会いたがってる自分は、やっぱり全然分かって無かったんだと思う。
私が会場に着いた時、試合はすでに決勝戦も終わろうかと言う所になっていた。
遠目からでも分かる、レンの鮮やかな金髪がすぐに目に入る。
迷うことなく近くまで駆け寄り、じっと試合を見守った。
レンが激しく動く度光るような金の移動線を残す髪。攻撃を繰り出す度に聞こえる、中性的で綺麗な声。背は低めだが背中に一本の芯が通ったように姿勢を保つ体。
それを見ているだけで、さっきまでのモヤモヤは消し飛び、静かに見守る事を止めレンに声援を送る事に夢中になっていった。
「一本!!止め!!」
試合が終わり、レンの三本先取による勝ちが言い渡され、礼を終えたレンが振り返った。
私は、それを見て泣いてしまった。
レンが優勝するのは昔からずっと側で見てきたのに、この日だけは泣いてしまった。
レンが振り向いた瞬間に私に向けてくれた笑顔は、昔から変わらない真っすぐな笑顔だったから。
それから、表彰式が終わり、空手部のミーティングが終わるのを待って二人で帰る事にした。したって言うより、昔からその流れだから今更変わるわけもなかったんだけど。
帰り道を二人でゆっくり歩いていく。
レンは試合の後はいつも、試合の詳細を私に説明してくれる。
私は、相づちを打ちながらニコニコしながら聞く。
これが、昔から変わらない二人の帰り道。
家路を歩きながら歩いているうちに、人通りが次第に少なくなってきた。
家はそれなりに田舎なので、帰る時はどうしても人通りの少ない道を通らなければならない。
一人で帰る時は、出来るだけ人の多い道(と言っても気休め程度だが)を通るのだが、レンと一緒に帰る時はいつも決まって人の一番少ない道。
それは、中学生になった二人が昔からの約束を果たす為に通る道。
「しっかしミクねぇ。俺が優勝したからっていきなり泣く事ねーだろう。びっくりしちまったじゃねーか。あの程度の大会、全然大した事ないんだしよう」
人通りの少ない道に差し掛かった時、試合の説明も終わり、からかうようにレンは言ってくる。
「ち、違うよ・・・そう、ゴミ!ただ目にゴミが入っただけだよ!!」
真っ赤になった顔で否定しても、まるで説得力のない言葉だがそこを深追いせずレンはさらに私の顔が赤くなりそうな言葉を返してきた。
「なんだ、そうだったのか。ミクねぇが泣くほど喜んでくれたと思って、喜んでたのに・・・」
「ちょ!!別に喜んでなかった訳じゃないって!!レンが優勝するのを見るのって、何回見ても嬉しいんだから!」
「ふひひ。分かってるよ。ちょっとからかっただけじゃん。ミクねぇは単純だなぁ。簡単に本音ポロリじゃないの」
ニヤニヤしながら、レンは私の痛い所を着いてきた。
「む・・・!もう!そんな揚げ足取りみたいなことばっかり言うなら、あの約束、今日はなしだよ!!」
あの約束。
レンが空手を始めたばかりの時、泣きながら帰って来た事があった。
今でも泣いていた理由はよくわからないが、幼かった私は『きっと、負けるのが悔しくてないてるんだろう』と、勝手に理解し、泣いてる弟にある約束をした。
「いや、ちょっとミクねぇ・・・いや、ミクお姉さま??それは約束が違いませんかね??ほら、俺だって本気で言ったたわけじゃないし・・・」
レンは今でも、その約束を大事にしている。私も、もちろん破る気なんてない。ただ拗ねた真似をしていただけだ。
「む・・・お姉さんをからかうと、ろくな事がないんだよ?わかった??」
「わかった!!わかってるから!!」
本気で怒ってる訳ではなかったが、必死で謝ってくるレンを見てついつい笑いが噴出して、それに合わせるようにレンも笑った。
「ほんと、レン君はまだまだお姉ちゃん離れができてないんだから・・・はい」
私は、レンに向かって左手を差し出す。
「なにを言いますか。ミクねぇも、弟離れができてないんじゃないですか??」
皮肉を言いながらも、私の差し出した手を握り返す。
これが、昔からの約束。
泣いて帰って来た弟に、『レン君、泣いてちゃダメだよ。もしレン君が空手で優勝したら、
その帰り道はお姉ちゃんがずっと手を繋いでてあげる。だから、レン君強くなってね』と、私は言い、レンは『うん・・・分かった。オレ強くなる。だから、もう泣かない。』と、返した。
学年が上がるにつれ、約束は多少形を変え『ずっと手を繋ぐ』は出来なくなってしまったが、守り続けていた約束。
私達二人以外、人がほとんど通る事のないこの道で、笑いながら手を繋いだ。
ずっとずっと、こんな時が続けばいいのに。
そんな事を思いながら、レンの手を強く握る。
それまで続いていた会話はなくなったが、私もレンも、笑いながら歩いた。
この時、私はカルの忠告を完全に忘れていた。
レンの温もりに触れる事に夢中で、この行為がまさに友人の忠告の最たる物である事も考えることができなかった。
その日、帰宅した私は再び、絶望を感じる事になる。
「「ただいまー」」
二人で声を揃えて言う。
しかし、家の中から返事はない。
両親は共働きでまだ帰ってきておらず、妹のリンは部活、姉のルカはバイトで帰りが遅い。
いつもならレンも部活で遅いので、一人で家にいる事が多いのだが、今日はレンが一緒。
「ふー。お疲れお疲れー。さてと、オレは汗かいたから風呂入るわー」
「はいはーい。みんなが帰って来るまでもうちょっと時間があるけど・・・レン君先にご飯にする?」
私は部活もバイトもしてないので、いつも帰りが早い。
なので、共働きの両親に代わって晩御飯を作るのが、いつのまにか私の役目になっていた。
「うーん・・・いや、みんなが帰って来るまで我慢するよ。ミクねぇの作る飯はみんなで食べるともっとうまいからな!」
「まったく・・・口がうまいんだから」