Dear
・・・えさーん!おねーさーん!!着きましたよー!
「はい!?」
何かに呼ばれた気がして、跳ね起きた。
「大学、着いたよ。卒業おめでとう。」
寝ている間に大学に着いたようで、運転手のおじさんに起こされた。
「あ、すいません!寝てしまってたみたいで・・・・ありがとうございました!」
「いやいや、気持ちよさそうに寝てたからね。起こさないように安全運転で行ってたよ。じゃ、お代もらえるかな?」
代金をおじさんに払い、タクシーを降りると大学の前はいろいろな格好な人で溢れかえっていた。
女の子は、私と同じように振袖姿が目立つが、中にはスーツ姿、ドレスの様な人、さらに明らかに卒業式には不向きじゃないかと思うハードッロックな格好の女の子までいる。
男の子に関してはもっと豊富で、スーツ、袴、なぜか学ラン、そしてこっちもハードロックな格好、さらに軍服や明らかにコスプレじゃないかと思われて格好の人までいたりする。
ただ、それはみんな卒業生で彼らは決してふざけてそんな格好をしているわけではない。
っと言うのも、これが私達の大学の伝統だから。
実は、私が通っているのは音楽大学で校風がとにかく自由。
先生方も、『正装なんて、それぞれにあるものだから。ただ、うちの学校ではいいけど余所では怒られるよ(笑)』って感じで、卒業式の服装は自分が一番正装と思う物になっている。
私は声楽を専攻しているので、正装はある程度世間一般の正装になるのだがバンド系の楽器を専攻している生徒、特に、ロック・ハードロック・へヴィメタとかって人は正装がモヒカン・革ジャン・皮パンってな感じの人もいる。
あと、卒業式ではそれぞれの学科事に大学での成果を発表する場でもある。
私達声楽のクラスでは、全員まとめてのアカペラ合唱なので衣装は統一した方がいい。
しかし、バンドを組んでる生徒達はそれぞれのバンドで発表なのでやっぱりそれぞれのバンドの衣装があるわけだから、服装はバラバラになるのが当たり前になってるって訳。
そして、全員に発表の場が用意されるって事は全員にとってチャンスにもなっている。
実はこの卒業式、結構有名なイベントで少ない席ながら後ろの方に観客席として一般開放されている席もありさらに、その前には音楽業界の人専用の席まで設けられてたりする。
これがどうゆう事かと言うと・・・
「ミークッ!」
元気よく名前を呼ばれた方を振り返ると、そこには綺麗な赤毛にポニーテール、卒業式とは思えない皮パン・皮ジャンの同級生がいた。
「おはよーカル。朝からテンション高いねー!」
その同級生とは中学生の時からの付き合いがあり、レンとの関係を見直すキッカケを作ってくれた友達。
・・・・まあ、結果としてはより悪化したわけだけども・・・
「あったりめーじゃん!!今日は卒業式だぞ!!なにより、一発勝負のでっかいオーディションだからな!!」
そう。カルの言う通りこの卒業式は、ほぼ全員にとってプロデビューの足掛かりを作れる大事なオーディションになっている。
なんせ、大手芸能プロダクションから、インディーズバンドのプロデューサー・国際的に有名なオーケストラ・地域のオーケストラ等々。中には、デビューしたてながら、メンバーが脱退して人が足りなくなったバンドなんかが引き抜きに来てたりもする。
その舞台でアピールする事ができれば、夢にグッと近づく大事な日なのだ。
ただし、卒業式であるのは変わりないので時間は限られている。それゆえ各学科五組までと言う制限があり、カルのバンドはその五組に見事選ばれたというわけ。
ちなみに、声楽科は全員での合唱になるからその制限は関係ないって事になってる。
「だよねー!折角学科の選考勝ち抜いたんだから、ここで一発ガツンとアピールして、一気にスターダムを駆け抜けてよ!そしたら、私もCD買うから!」
「なに言ってんだよ!ミクにはCDどころか、生歌プレゼントするぜ!それに、ミクも他人事じゃないでしょ?アピールのチャンスなんだから!」
「そうだけど・・・・うちは学科全員だからねー。一応ソロもあるけど、アピールになるかどうか・・・・」
カルに言われて、自分にもチャンスが有る事を思い出した。
それはとてもとても小さくて、期待するにはあまりに小さい希望だけど、確かにある。
「そんな弱気でどうする!ソロがあるのって、ミクと後一人だけでしょ?なら、聞いてる人の耳には確実に届くって!」
「うん・・・頑張る。それに、折角の卒業式なんだから今まだで一番いい歌声出したいしね」
「そうそう!弟君にも届けれるくらいのいい声で頼むよ!そしたら、絶対いける!」
私はニッカリ笑ってガッツポーズで応え、カルも同じ表情でガッツポーズをする。
中学から続く、親友関係。きっとこの先も変わらないだろう。
ちなみに、私が音楽を始めたのは高校生になってからだった。
それまでは、特に自分のやりたい事とか趣味とか全然なくて帰宅部だったけど、高校に入学する前にレンから進められたのが音楽だった。
『これからは人前であんまりくっつくのは良くないし、家でも父さん母さんの前ではちょっと壁のある感じにしなきゃだからさ。ミクねぇ、高校では部活入ってみなよ。』
他にも、部活に入ったら内申点いいよーっとか、趣味の一つでもあった方が人生は楽しいんだぜ!っとか言う感じでとにかく部活を進めてきたので
『じゃあ、レンはなんの部活がいいと思う?』と、聞き返したところ、
『そうだなー・・・ミクねぇ、声綺麗だし音楽とかいいんじゃない?軽音楽部でも、合唱部でもさ!』
そう言われたので私は合唱部に入った。
軽音楽部にはカルがいたが、だからこそ入らなかった。
だって、恥ずかしいから・・・・バンドのボーカルって、一人でとんでもなく目立つ。
歌なんて音楽の授業以外では歌った事はなかったので自信はなかったがレンが私の歌を聴きたいのなら、綺麗な声を聴かせたかったので一生懸命練習をした。しかし、これが意外と面白いと感じどんどん夢中になっていった。
練習を重ねるたびに自分の歌声が成長して行くのが分かり、私はどんどん歌を歌う事が好きになった。
『部活楽しいの?いいじゃんいいじゃん!ミクねぇの歌、聞けるの楽しみにしてるから!』
そんなレンの言葉が嬉しくて、少しでも良い歌を歌えるようにずっと頑張った。
いつも私がレンを観客席から応援してたけど
いつかレンが私を観客席から応援してくれる
そんな気持ちが、どこかレンに対して自信のなかった私を、彼と対等な私に成長させてくれた。
『ミクねぇ。いつになったら歌、聞かせてくれるんだ??』
そんなレンの言葉に
『ちゃんと、大きな舞台で歌える時がきたら聞かせてあげる。だから、もうちょっとだけ待ってて』
その時を、レンも私も楽しみにしていた。
今日は届けたい。
多分、今日が今までで一番大きな舞台だから。
それから私とカルは並んで講堂へ向かい(音楽学校だけあって、講堂は恐ろしく広い)卒業生用の控室へと向かった。
控室は各学科ごとに分けられていて、声楽科の楽屋前でカルと別れ、楽屋へ入る。
入った瞬間に分かった。
部屋の空気はお祭りの様に浮かれているわけはなく、かと言って過度な緊張に包まれているわけでもない。