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I’m mine.

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 やがて伽羅御所に到着した牛車は、僅かに揺れて止まった。御簾を開けて中を覗きこんできた銀に、手を伸べられたが、不要だと切り捨て、一人で地に足をつけた。
 揺られていたせいか、足下が覚束ないような感覚がある。頭の奥に靄がかかったように思考が不鮮明だ。いよいよこれは、体調不良と言わざるを得ないのかも知れなかった。
 銀が先に御所へ上がり、泰衡の帰館を告げる。幾人かの家人が出てきて、泰衡が履物を脱いで邸へ上がると、すぐさま家人の一人が彼の肩を支えようと、失礼いたしますと断りつつ、腕を伸ばしてきた。
「いや、不要だ。一人で行ける」
 泰衡が堅い口調で言うと、途端に、頭を下げて退いた。
 溜息をつきたい気分を抱きながら、泰衡は己の居室へと向かう。その間に、前方から銀が急ぎで戻ってきた。
「泰衡様、奥方様ですが」
 正直なところ、ここから先に向かいたくない心地になっているのは、妻の存在にあった。体調が悪いとして、昼間から戻った泰衡を見て、
「やっぱり具合が悪かったんじゃないですか」
 などと言われかねないからである。
 もちろん、彼女が泰衡を案じているからこそ、あれこれ口を出してくるのも分かっている。だが、今朝のやり取りを思い返せば、ばつの悪い思いに駆られてしまうのも無理からぬ話だろう。
 それゆえに銀の口から、奥方様が、と聞かされて思わず苦虫を噛み潰したような顔をしてしまったのだ。しかし、
「本日は高館へ行かれて、まだお戻りにはなっていないとのことです」
 そのように聞かされて、少々拍子抜けした。
「お呼びして参りましょうか?」
「いや、いい」
 言いながら、彼はまっすぐに寝所へと足を踏み入れた。誰もいないが、既に帳台の中は寝間の準備が整っている。銀は泰衡がそこに横になるまで付き添ってから、
「念のため、高館には泰衡様がお倒れになったことだけ、報告に行って参ります」
 さらに妻の元へ行くことを示唆される。身体の具合が悪いと言うだけでも気分が悪いのだが、さらに害されたような心地に陥る。
「余計なことをしなくてもいい」
「しかし、奥方様がお帰りになられたならば、おそらくお心を痛められるかと存じますが」
「…………」
 確かに、それはそのとおりだ。心を痛める程度ならばいいが、彼女のことだ、何故すぐに知らせてくれなかったのか、と怒り、騒ぐことだろう。大概、夫のことを全て把握したがるようなところがある。今は何をしている、どんな気分か、事あるごとに訊ねてくる。増して、このような状態にあることを知らぬままでは、誰も知らせぬとあっては、大騒ぎしそうなものだ。
 溜息をついた。
「分かった、知らせておけ」
「承知いたしました。薬師も、すぐに駆けつけさせますゆえ」
 静かに、銀は出て行った。やっと、安堵するような息を吐き出す。諦念のものでもあった。
 泰衡が臥せっていると知れば、すぐさま帰ってくるだろう妻を思うと、ややうんざりした気分にもなる。
 もちろん、妻にした人なのだから、傍にいることを心底から嫌悪しているわけではない。それほどであれば、初めから娶りはしない。ただ、傍にいるとそれだけで、ひどく疲れることがあるのだ。
 他愛のない話をしたいと言う。今、泰衡が何を望むか、何を考えているのか、これからどうして行くのか、聞かせて欲しいとせがまれることがある。もしも悩みがあるのなら、それを話してくれと言う。ただ一人の中に全てを抱え込まないで、それこそ、喜びであれ悲しみであれ、苦しみであっても、全て分け合いたいと、きれいごとのように語る。
 妻は、一度ならず戦を経験している。一度しか経験のない泰衡には、それが不思議だ。もっと荒んだ気持ちでいてもいい。しかしそうでないというのは、おそらく彼女の出自に由来しているのだろう。戦のない国に生まれたための気質だろう。
 だから、きれいごとも簡単に口にする。躊躇いなど、微塵も感じさせない。それは美点だと言う者もいるが、欠点になり得る事柄でもある。ものを恐れぬ気質が、命を危うくすることさえある。
 考えているだけで、まだ彼女が帰ってきた気配さえ近づいていないと言うのに、疲れてきた。
 しばし眠ろう。意地を張り、問題など一つもないと言えるような体調ではない。明日には、いつもどおりに忙しい一日を送らねばならない。そのためには、今、休んでおく必要がある。
 仕方がないと諦め、泰衡は目を閉じた。そうしてみると、ゆるりと重い眠りに侵されていった。



作品名:I’m mine. 作家名:川村菜桜