I’m mine.
そもそもが、馬の合わない人だとは思っていた。ゆえに夫婦として添うようになってから、頻繁に口喧嘩が起きてしまうことも道理だと考えた。
実際、互いに自己の主張を曲げられぬ質の人間で、相手に屈することを良しとしないのだから、どうにもならぬ。しかしそうと諦めているのは泰衡だけで、妻はそうではなかった。泰衡は彼女の理解を得られぬと思えば、その時点で説得を諦め、あるいは彼女の意見を完全に切り捨てる。しかし、彼女は事あるごとに、泰衡の理解を求めてくる。受け入れずにいると、やがて喚き立てるのが困りものだ。
分かって欲しい、と願う。もちろん、互いがどういう性質であれ、夫婦となったもの同士なのだから、理解し受け入れ合うことが最上ではある。しかし、それが適わぬこととてあるのだから仕方あるまい。泰衡はそう考えるが、彼女としては、
「夫婦なんだから、お互いのことを良く理解し合うのは大事でしょう?」
懇々と、どちらかの主張をどちらかが納得し受け入れるまで話し合おうではないか、と言う。しかし、そう発言した彼女自身が、やがて痺れを切らし怒り心頭に発して声を荒げるのだから、話にならない。
意味のない口争いをする気はない。泰衡としては、余計に妻を騒がせることを得策ではないと思えば、決定事項だけを話して済ませる。しかし、話した時点で納得しなければ、彼女は喚き出すのだから、どうにもならぬことでもある。しかし事が決定している以上、泰衡も覆しはしない。
そうなれば、長く顔を合わせても口を利かないような喧嘩となることもあった。
「――ねえ、私たちは夫婦ですよ」
妻が、分かりきったことを不意に口にしたことがある。
それが何だと、素っ気なく返せば、しょうがないなと零した呆れ顔の妻と目が合う。苦笑を浮かべた人に、泰衡がむっつりと眉を寄せれば、
「つまり、ずっと一緒にいるってことです」
柔らかな声で、そう言った。
それもまた、承知していることだ。奥州を束ねる一族の、やがては当主となる身の者が、妻と離縁などすべきではない。それゆえ、生涯ともに在ることに疑問などない。しかしそれは、わざわざ口にすることだろうか。眉を顰める泰衡に、彼女は少々同情的な視線を寄越してきた。
「泰衡さんにとって婚姻がどういうものかって言うと、それはお家の力を強くするか地盤が固められるような形のもので、だから生涯添い遂げるものだとかそういうものなのかも知れませんけど」
たとえば自身の妻となる人は、豪族の娘か、あるいは朝廷に近い貴族の娘か、そういう女人であるはずだった。しかし実際に妻として迎えたのは、かつて源氏の神子と呼ばれた、異界の生まれの人間だった。何も、泰衡が変わったものが好きで妻にしたのではない。彼女を、父が気に入った。そして、彼女も泰衡が良いと言った。それがまず初めの要因だ。しかし、何も親や彼女の言うなりになったわけでもない。彼女が白龍に選ばれた神子であるがゆえだ。白龍という神の加護が奥州にはある、そのように世間に知らしめるためだ。過去には、京の都にのみ存した加護が、今、奥州を中心に存在するのだと嘯くため。
どちらにしても、泰衡にとって婚姻とは、守るべき故郷のための手段でもある。そういう彼の考えを、実際に妻となった人は知っている。だから、困ったように笑む。
「それだけじゃ、つまらないでしょ?」
両手を伸ばしてきて、泰衡の右手を包んだ。泰衡よりも小さな体つきの彼女は、こちらを見上げて、今度はにこりと素直な微笑みを見せた。
「つまらないかどうかの問題ではないと思うが」
「でも、一生傍にいるんだから、お互いのことはちゃんと分かり合いたいじゃないですか」
「分からずとも、生きてはいける」
「だけど、一心同体って言葉があるでしょう?」
「妻と夫が、そうならなければならぬと仰るか」
「――そうなりたいってことです」
分かってないんだから、と先程までの笑みなどどこぞへ消してしまい、不貞腐れた童のような顔をする。
「私たちは夫婦なんです。だから、ちゃんと分け合いたいんです。他人ではないから」
その双眸は、まっすぐに泰衡に向けられていた。