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リバース・エンド

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第二章 罪は消えない 3(10話)


 とても微笑ましい光景だと、皆が口をそろえて言います。けれど、自分はその光景を一度も見たことがありません。なぜなら彼が、使用人の態度を崩さないからです。

 私が王女だからか、彼は使用人の姿しか見せません。それは当然のことであり、それ以上に理不尽なことだとも思えました。

 ルークは私を嫌っています。それは、私の存在が彼の空気を変えてしまうことを知っているからでしょう。彼はルークの使用人の枠を超え、とても身近な存在なのでしょう。兄であり、親でもあり、無条件にルークを愛しているのだけはわかります。ですが、だからこそ、彼は身をわきまえているのだと、お父様がおっしゃいました。

 彼がもし年相応の礼儀知らずなら、それはルークの恥になるのだと。ファブレ公爵家の子息は、身をわきまえない粗末な使用人しかつけられないと、評価されてしまう。ましてや王族の前なら、それこそ完璧な使用人でなくてはいけないのだと、お父様は困ったように、でもどこかで感心したかのように私に語り掛けました。


「たしかにルークはお前に懐かなくなったかもしれぬが、記憶が戻ればまたお前を誰より気に掛けてくれるだろう。何より、そのガイという少年はしっかりしているじゃないか。ルークやファブレ家の体裁を考えれば、これ以上安心できる逸材も早々はおるまい。」


 だから、辛いかもしれないがこれは喜ぶべきことでもあると、お父様は笑い、家臣たちも頷きました。でもあまりにも納得がいかないのは、私が幼い証拠なのでしょうか。

 その日、私は前もって連絡を取り、公爵家に行きました。私が訪問することを、ガイとルークに伝えるなと。彼が、普段どのようにルークに接しているのかを知りたかったのです。

 裏庭に、ガイとルークがいると聞き、私は息を潜め、そこまで行きました。裏庭は、我がキムラスカ・ランバルディアの王城が間近に見えます。そして森があり、芝生があり、自然が豊富な場所でもありました。

 たしかに声が聞こえました。耳をすませば、彼らがそこにいるのがわかります。私はたたずみ、そっとその音を拾い上げます。


「さぁ、ルーク。最初は右だ。そう、次は左。」

「あぅ?」


 声のするほうを見れば、遠くで彼らが何かしているのがわかります。歩行訓練でしょう。自分の婚約者の変わり果てた姿を見るのはこれで何度目か。それでもいまだに慣れず、苦しさに胸がつまりそうになります。


「いっち、にぃ、いっち、にぃ…」

「あ、がぁ!」

「よし、その調子だ。手を離すぞ。」


 そっと手を離し、ほんの少しだけガイはルークから身体を離しました。支えを失ったルークは、足に力を入れ、プルプル震えながらも踏ん張っているのがわかりました。その姿は、生まれたばかりの小鹿のよう、か弱いものでした。

 ルークは手を前に伸ばし、一生懸命歩こうとします。それこそ、ガイと離れたくないのだと言わんばかりに、不安定ながらも一歩、そして一歩と距離をつめます。


「がぁ!!」


 ぽすんと、ルークはガイの胸に飛び込みました。それを、嬉しそうにガイは受け止めます。


「よし、ルーク。今日は6歩も歩けたな!」


 えらいぞと、彼はルークの頭を撫でました。それが嬉しくて仕方がないとばかりに、仔猫のように目を細めて、気持ちよさそうに甘んじていたルークは、緩みきった表情でガイの服にしがみ付いていました。

 小鹿だの、仔猫だの。今のルークは哺乳類の子供という表現がしっくりきます。加護を受けなくてはすぐ倒れてしまう、そんな存在なのです。


「がぁ、がぁ…」

「今日はがんばったな。そろそろおやつにするか。」


 そう言い、彼はルークを優しく抱き上げます。そしてちらりと、私のほうを一瞥しました。どきりと、心臓が高鳴り、冷や汗が背筋を流れます。

 これで満足したか、と。その目線は語っていました。ああ、やはり以前の彼の視線は勘違いではなかった。彼は私の存在に気づきながら、あえてこの光景を見せたのでしょう。

 それが、何を意味するのか、考えることができませんでした。





作品名:リバース・エンド 作家名:三咲 鈴