リバース・エンド
第二章 罪は消えない 4(11話)
ルークは本当に何も知らない子供でした。そんな子供を、過去のルークに戻るように願うのは、気づけば自分だけになっているのではないかと、錯覚してしまいそうになります。
ルークが戻ってきて2年。彼の傍にはいつだってガイがいました。なんでも、伯父様と叔母様が全面的に彼を信頼しているらしく、今では家庭教師の役も彼が行っているそうです。私とそう年が変わらない彼に、何ができるのかはわかりません。でも、それを尋ねることも愚問なのでしょう。私は少なくても、真の意味で彼に勝てる気がしません。
屋敷の者いわく、最初は以前と同じ家庭教師をルークにつけていたそうです。ですが、そのことに対し憤慨したのがガイだったそうです。確かに彼の再教育を唱えたのは彼であるが、彼いわく、順序を外しすぎているのこと。本当の意味で物事を理解させなくてはいけないとのこと。
何よりも、記憶を失った物に過去を強要するのはよくないとのことです。そのことは、医者も同じことをおっしゃっていました。以前の家庭教師の誰だったかはわかりませんが、とにかく誰かが言ったそうです。「以前のルーク様なら――」と。それを、偶然聞いたガイが物凄い剣幕で詰め寄り、怒ったのだと。
そのことを伯父様と叔母様におっしゃり、今では彼が実質的ルークの全面的な教育係となっているそうです。
しかしそれは不思議なことです。たった16歳の少年が、この屋敷の主人の子息の、全面的な教育者だというのは異様な話です。ですが、誰一人として不満や意義を唱えていない。それどころか、彼らよりもずっとずっと年上の騎士やメイドさえ彼を信用しきっているとのこと。
一体彼は、何者なのか。私は彼を知れば知るほど、わからなくなります。
歩き方を教えていた時のよう、全てを丁寧に教えているのでしょう。何も知らないルークを、本当の子供のように可愛がっている彼。彼はなぜ、そこまでルークに思い入れているのか。そして理由はわからなくとも、このときには薄々と感づきました。私は何かしらの理由により、ガイによって敵意を向けられている。そしてそれは以前のルークではなく、今のルークになってから。
一体今のルークとガイには、なにがあるのか。
あまりにも、ヒントが少なく、漠然としすぎていて考えがまとまりません。けれど、私が悩んでいる間もあの男はルークにだけ、優しげな笑みを浮かべ、全てを教えているのでしょう。
私は相変わらず、ルークに会えません。会っても怯えられ、ガイの冷たい眼差しの洗礼を受け、結局進展のないまま2年という月日だけが流れました。
最初のうちは渋々城に戻る日々でした。ですが、時々。話し相手が欲しいのか、叔母様が呼び止める時がありました。
今日は、その時々でした。
「ねぇ、ナタリア。あなたはルークをどう思います。」
その言葉は、毎回問われること。私はただ、早く以前のルークに戻って欲しいと、生まれる前から決められた婚約者とはいえ、彼を変わらず愛している気持ちだけを伝えます。叔母様に嘘はつきたくなかったということと、それが偽りなき自分の気持ちだと確証しているからです。
叔母様は、優しげな笑みを湛えたまま、静かに私の言葉を聞いてくださります。
「…数日前、ルークが私の部屋に来ました。花を一輪持って。」
叔母様は、ベッドの横に飾られた一輪の、少しばかりしおれかけた花を優しげに見ます。なぜこんなところにしおれた花があるのかと、一瞬考えましたが、叔母様いわく、ルークが持ってきた花だから、大事に飾っているのだと。
「私は嬉しかったのです。こんな身体が弱くて、母親らしいこともできない私を、あの子は心配して見舞いに来てくれたのです。私はあの子がこの屋敷に来てから、悲しくて一度も、自分から観に行ってやろうと思わなかったのです。それでも何も知らないあの子は私を母親と認め、心配してくれたのです。」
愚かな母親なのです。叔母様は呟きました。ですが、その瞳に何か得体の知れない強い光を私は垣間見ました。
「ナタリア、あの子も私の子供なのです。とても愛おしい、私の子です。」
そう言った叔母様は、とても凛としていました。この方も、キムラスカ・ランバルディアの青き血を引く女性なのだと。私も叔母様のよう、強くならなくてはいけないと思いました。
ですが、私はまた何も考えておらず、何も理解できていなかったのです。ガイのみならず、叔母様の言葉さえ。この屋敷は、私の知らないところで何かが変わっていました。